セルロイドカンファレンス2001大阪講演資料
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セルロイド産業文化研究会 |
理事 事務局長 大井 瑛 |
セルロイド製造プロセス(各社比較)に関する研究調査報告 |
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1.はじめに
日本におけるセルロイド製造の創設は海外からの技術導入により始められたが、製品の量産製造には品質の安定化に困難を極めた。
そのため、製造品質の安定化を図ることに携わった日本人技術者の不屈の努力と創意工夫により解決され、その結果その後日本が世界一のセルロイド生産を誇るに至る。
今回の報告は製造設備と作業条件に付いてセルロイド製造メーカーの比較をダイセル化学工業株式会杜を中心に、旭化成株式会社、太平化学製品株式会社、大成化工株式会社、タキロン株式会杜の協力を得て考察した。
セルロイド原料の硝化綿は既に有る多くの文献を参照して頂き、更にセルロイドの特徴である柄物の製造方法については機会を見て報告を行いたい。
2.セルロイド技術基盤(海外技術の導入と製造技術の確立)
堺セルロイドが1908年(明治41年)に創設され、アンスコ(Ansco)社のニトロセルロースやセルロイドの製造に経験を持つアメリカ人のアクステル(F.Y.Axtell〉を招聰し、その設計により工場を建設して製造の確立を図ったが成功せず、さらにドイツ人技師を向かえようとしたが、日本人みずからの技術で再発足をした。
一方、同年の1908年に創設された日本セルロイド人造絹糸はイギリス人のアムストルに推薦されたイギリス人のクリーン(J.L.Kleen)を技師長に迎え設計施工し、さらに各部ごとにドイツ人技師5人を担当させた。
しかし、最新設備を誇るこの工場の製品も、堺セルロイド同様とうてい舶来品と対抗し得るものではなかった。
日本セルロイド人造絹糸は当時、西田、厚木、井上等という後年、我が国の化学工業のリーダーとなる俊英が集まっており、外国人技師と共に安定化作業その他に苦心を重ねたが、技術開発になかなか至らなかった、しかし両社とも技術問題をしだいに解決し、1913年(大正2年)の後半になり、何とか国内需要者の納得し得る舶来品程度まで品質が向上した。創設以来5年間が経過していた。
製造設備は堺セルロイドがアメリカ製、日本セルロイド人造絹糸がドイツ製の機械を設備していた。
製造されたセルロイドの市場としては日本セルロイド人造絹糸がニトロセルロースの脱水にアルコール置換法を採用していたので透明生地、白無色、コハク生地等を特徴とし、関東の玩具雑貨に主な販路を求めた。
堺セルロイドは圧縮法(硝樟板法)を採用していたため、柄物生地を特徴として主に関西の歯ブラシ、クシ、かんざしなどの業者向けに販路を伸ばしていった。
1919年(大正8年)に堺セルロイド、日本セルロイド人造絹糸を中心にセルロイド8社が合併し大日本セルロイド株式会杜が設立され、ここに日本のセルロイド製造技術は堺セルロイド、日本セルロイド人造絹糸の製造技術が基盤になり、世界一の製造量を達成するに至る。
この事からも解るようにセルロイドの製造技術は堺セルロイド、日本セルロイド人造絹糸が苦心に苦心を重ねた製造技術、即ち大日本セルロイドにその技術の原点が有ると言える。
大日本セルロイドで技術を習得した技術者の招聰とか移籍、また製造設備等は機械設備メーカーの共有等、大らかな時代であったと言える。
このため基本技術及び設備仕様など各社に共通する内容が多いのが特徴と言える。
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3.国内容杜の製造技術
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3-1国内セルロイド生地メーカーの設立と廃業
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製造メーカー(現社名) |
セルロイド製造開始 |
生産停止 |
大日本セルロイド(現ダイセル化学工業〉 |
大正8年(1919年) |
平成8年(1966年) |
中谷セルロイド(現中谷化学) |
大正6年(1917年) |
昭和34年(1959年) |
滝川セルロイド(現タキロン) |
大正8年(1919年) |
昭和40年(1965年) |
大成セルロイド(現大成化工) |
大正12年(1923年) |
昭和42年(1967年) |
筒中セルロイド(現筒中プラスチック) |
昭和4年(1929年) |
昭和41年(1966年) |
旭化成 |
昭和11年(1936年) |
昭和34年(1959年) |
太平化学製品 |
昭和24年(1949年) |
昭和49年(1974年) |
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3-2各社の創設時の技術基盤
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製造メーカー |
創業時の技術基盤 |
大日本セルロイド(現ダイセル化学工業株式会社) |
アメリカ、イギリス技術導入 |
滝川セルロイド(現タキロン株式会社) |
元セルロイド人造絹糸技術者の転籍 |
大成セルロイド(現大成化工) |
元セルロイド人造絹糸技術者の転籍 |
旭化成 |
元大日本セルロイドより技術移転 |
太平化学製品 |
元ダイセル技術者の招聘 |
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3-3製造設備の推移
堺セルロイド、日本セルロイド人造絹糸が創設に当たり設備をアメリカ、ドイツから輸入したがその後、それらを元に逐次国産化した。
一方、後発メーカーは大日本セルロイドが国産化した機械を同じ機械メーカーに発注し、セルロイドの製造を創業している。
そのため各社の設備は大日本セルロイドの設備とほぼ同じ仕様であり、事業規模と投資資金、コストダウンを図るための工夫等から若干の差異が見られる。
例えば硝化綿の駆水方法の差異であり、捏和の容量増とか、フィルタープレスの横型押出機の利用、さらに圧搾した後の冷却を水槽に入れセルロイドの裁断時の厚みを安定化するために硬度を安定化した等大日本セルロイドの製造技術に対して工夫をした製造を行っていた。
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3-4主な製造設備と製作メーカー |
製造機 |
製作所 |
形式 |
捏和機 |
神戸製鋼所 |
水平双子型2軸 |
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東亜重工(石角鉄工所) |
同上 |
フィルター |
神戸製鋼所 |
立型2胴プレス |
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東亜重工(石角鉄工所〉 |
横型 |
圧延ロール |
大阪鉄工所(現日立造船) |
2軸並置式 |
圧搾機 |
国栄機械(現グローリー工業〉 |
立型多段プレス |
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東亜重工(石角鉄工所) |
同上 |
裁断機 |
平尾製作所 |
スクリュー式往復動式プレナー |
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東亜重工(石角鉄工所) |
同上 |
艶付機 |
住友金属 |
立型多段プレス |
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3-5あとがき
この報告を纏めるに際してダイセルファイシケム(株)の品川洋次氏、中嶋直樹氏、元旭化成(株)の井岡彰氏、洲崎均氏、元大平化学製品(株)の菱川信太郎氏、大成化工(株〉の和久井昭蔵氏、元タキロン(株〉の吉田和夫氏、元ダイセル化学工業(株)の塚田興治氏、DJKインターナチョナル(株)の岩井薫生氏、各氏のご協力により纏めることが出来ました事を報告にあたり御礼申し上げます。
更に完成を目指して作業を継続したいと考えております、多くの方々のセルロイド製造に関する資料等の情報が有りましたならご提供下さいますようお願い申し上げます。
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大井 瑛氏 発表
(理事・事務局長) |