研究調査報告書
平井 東幸
業界団体機関誌からみる戦後の関西セルロイド産業(その1)
セルロイド産業史13


 1. 初めに
 この「セルロイド産業史」シリーズでは、2014年に戦後の都市銀行等の調査月報が伝えるセルロイド業界の動向を紹介したが、これから数回にわたって、昭和25年に創刊された関西セルロイド工業協同組合の機関誌『関西セルロイド月報』を利用して昭和40年代初めまでの業界の動きを概観することにしたい。
 公知のように、セルロイド横浜館では、10万点ともいわれる収蔵品があるが、2階にはセルロイド関係の内外の単行本、定期刊行物が収集保管されている。その数は数千点にのぼる。そのなかで、これから参照する『関西セルロイド月報』については創刊号から昭和40年までが製本保存されている。

   

2. 機関誌の創刊の経緯
 昭和25(1950)年8月に創刊されたが、当時すでに『東京セルロイド月報』が関東セルロイド工業協同組合連合会から昭和21年以降発行されていたし、数年前からはセルロイド貿易会から『セルロイド貿易情報』が発行されていた。「もともとこの業界には優れた機関誌は多いのです(前田福太郎:大阪日用品検査所長)」(創刊号)。周知のように、セルロイド加工業界は、関西と関東に二分されていただけに、東京の向こうを張って関西でも団体機関誌を創刊してものであろうか。
 関西セルロイド工業協同組合の理事長の城戸盛雄は、創刊号の巻頭の挨拶で、「中小企業個々の力は極めて弱小であって大資本に拮抗し自らを護るには・・業界自ら大同団結によって極めて強力な組織化を図ることが急務であり・・・今回計画した機関誌は、この両者の間に立って楔の役目を果たすものとして・・・云々」と述べている。あたかも、ドッジラインによるインフレ抑制、朝鮮動乱勃発等と業界をめぐる内外の情勢が緊迫するなかで、業況苦難の打開策の一環として刊行したものであろう。
 
3. 創刊号の概要
 そこで、創刊号を書誌的にみると、次の通りである。B5版で縦5段組み、約30ページの月刊誌、非売品で発足した。今からみれば、紙質も悪く質素な造りだが、戦後わずか5年後の物資不足な時代であり、当時のセルロイド組合の心意気がうかがわれるではないか。


     『関西セルロイド月報』の書誌 
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摘  要      説  明           備  考
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名  称      関西セルロイド月報  その後、関西セルロイド情報、関西セルロイド
                         プラスチック情報と改称された
創  刊      昭和25年8月
編  集      伏見正重
発  行      関西セルロイド工業協同組合
体  裁      B5版 縦5段組み
           約30ページ建て
価  格      非売品          その後、購読料:年間1000円となる
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 次に、創刊号の内容をみると、官界を含めた関係各方面から「創刊を祝す」との挨拶文が多数掲載されており、今日では想像も出来ないほど、当時のセルロイド加工業界の関西経済界における重要は地位を示している。業界としては、セルロイド生地協会、セルロイド生地倶楽部、セルロイド検査協会、セルロイド貿易会等である。さらに、大日本セルロイド鰍ヘアメリカ視察報告が掲載されている。同社役職員からは毎号寄稿があり(例えば、9月号には「セルロイドの内外加工の話」、10月号は「セルロイド雑感」)、生地メーカーと加工業界との極めて親密な関係・・・それは単にサプライヤーとカストマーとの取引関係を超えた運命共同体的な関係がうかがわれる。
 このほか、創刊号から既に、生地情報、貿易情報、業界短信、生産統計、輸出検査統計等が掲載されており、次号からはさらに多様な情報を組合員に提供するメディアの役割を果たしている。さらに、全誌面の3分の1は組合員企業を中心とする広告で占められている。戦前生まれの方にはお分かりのところだが、敗戦後わずか5年のあの物資不足、物価狂乱、社会経済の混乱のなかで、関西セルロイド加工業界が機関誌刊行に踏み切るという意欲と活力が示されている。
 
4. 昭和25年のセルロイド業界は沈滞
 昭和25(1950)年の業界は、沈滞の一年であったようだ。同年12月号の編集部によるとみられる「昭和25年度の回顧」の内容から箇条書きにすると次のようだ。
@ 一般経済は、対日講和の時期が不明な中で、前年からの経済9原則、シャウプ税制改革の実施等で不況であった。6月の朝鮮動乱の勃発で特需は活発となり景気は急激に上向いた。
A セル業界は9月のジェーン台風の来襲、金融引き締め、徴税強化等の影響から、原料高の製品安となり、おしなべて沈滞の年であった。
B しかし、年後半には、業況は回復し、年間生地生産量は5970dと順調に増加した。
(因みに、前年には生地生産量はアメリカを上回り、世界一の座を回復している)朝鮮特需の直接的なプラスはないものの、生地中心に輸出増加もあって年末にかけては一部に品不足が生じた。
C 組合活動としては、融資の斡旋や価格維持対策等に加えて、10月から2カ月半の会期で「躍進セルロイド展〜一目で判る総合展示会」を大阪科学技術館で開催し、需要喚起と啓発活動を展開した。

5. 終わりに
 以上、今回は敗戦5年後の日本経済社会の大混乱期におけるセルロイド業界の動向を紹介した。経済の混乱、設備の賠償指定、物資不足、物価高騰等のなかで業界は復興に邁進していた。セルロイドは原料が国産であり製品の多くは海外市場に向けられたので、著しい外貨不足に陥っていた中で「本工業の消長は実に国家経済上重要な意義を有する」のであった。次回は昭和26年以降を取り上げる。(2017年6月1日)


著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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