研究調査報告書
平井 東幸
セルロイド産業のわが国経済における重要性
セルロイド産業史14


1.初めに
 国内でのセルロイドの商業生産が平成8(1996)年に終了してから、早や20年以上が経過するが、かつてセルロイド産業は、日本経済においてどのような比重を占めたのであろうか?そして、どのようなインパクトを及ぼしたかについて、岩井館長からかねてより宿題を頂いている。そこで、業容がピークを極めたと見られている昭和12年前後について統計的に検討してみたい。
 周知のように日本経済は、昭和10〜12年が戦前のピークであった。例えば、セルロイドの姉妹製品ともいえるレーヨン(当時は人造絹糸=人絹、ステープルファイバー=スフと呼ばれた)でもこの時期がピークであった。
 結論的には、セルロイド産業が化学工業生産額全体に占める比率は昭和10年前後で、2%弱程度、化学品輸出に占める比率は7%前後と推定され、生産におけるシェアは必ずしも大きくはないものの、輸出比率が約7%と大きいことが判明した。以下、順次検討してみる。

2.生産に占めるウエイトは?
 セルロイドの生地段階と製品段階については、政府統計の「工場統計」で把握が可能である。明治42年に開始されたこの「工場統計」は、昭和14年から現在の「工業統計」に改編されて、今日に至っている。事業所を対象とした全国悉皆調査で、都道府県別に集計されている詳細なもの。
 セルロイドについては、大正8年分から特掲された。それまでは人造絹糸などともに「其ノ他ノ化学工業」に一括されていた。大正14年分からは再生セルロイド素地(その後、生地と表記)が特掲されて、セルロイドが政府統計でも認知されたことが判明する。
 なお、加工段階について、政府統計では調査対象事業所は従業者5名以上であるので、とくに玩具や日用品製造など(繊維製品も同様)は中小零細企業による「下請け・孫請け」生産が主体であったため、実態は組合統計等で補足する必要がある。
 表1は昭和12年の産業規模を示している。事業所数は再生生地事業所を含めて全国で34、セルロイド加工業は353であった。
 従業者数については、セルロイド生地製造業は4千人強、同加工業は5千9百人弱であった。生地製造業に比べて加工業が少ないのは上記のように統計の対象が従業者5名以上であるためであろう。実態は、下請け、家庭下請等の孫請けを含めると数万人に達するのではないだろうか。
 以上によってわが国工業生産に占めるセルロイドの地位は、事業所数で8%強であるが、雇用数で3.7%、生産額では1.8%と意外に小さいことが判明する。これは、セルロイド加工業が中小零細であることを反映している。

表1 セルロイド産業の規模(昭和12年)
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               セルロイド製造業 同加工業(b) 合計(a+b) 化学工業に占める比率
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事業所数(軒)             34         353      387         8.3(%)
雇用数(人)             4,051       5,888     9,939         3.7(%)
生産額(千円)           24,620       9,394     34,014         1.8(%)
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 (資料)「工場統計表」(注)職工5人以上の工場が調査対象

3.セルロイドの生産と輸出でのウエイトは?
 セルロイドのわが国輸出のおける重要性はどの程度であっただろうか?
 表2に、昭和12年前後の動向を示す。
 まず、生産であるが、この間の世界景気の変動を映して大幅な増減がある。化学工業生産額に占める比重は、この間に2.2%から1.8%へと推移しており、その比重は意外に小さい。
 次に、輸出については、年により変動があるものの、化学工業製品輸出額の6〜7%を占めてり、生産額に占める比率よりも大きいことが分かる。むしろ、セルロイドという単品で輸出の6〜7%を占めていたことは、化学品輸出の太宗とは言えないものの、その健闘ぶりを、そしてその重要性を評価すべきであろう。

表2   セルロイドの生産と輸出            (単位:千円)
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              昭和4   昭和5   昭和6   昭和7   昭和8   昭和9
摘   要        (1929)  (1930)  (1931)  (1932)  (1933)  (1934)
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<生産>
セルロイド(A)      24,176   14,540   11,752   14,363   27,598   27,597
 生地           12,279    8,030   7,801   7,975   16,675   20,227
 玩具            2,026   1,757    861    1,041    2,629    1,636
 櫛              535     365    394    1,057    1,503    1,093
 その他          4,669    2,194   1,348    2,145    3,396    4,641
化学工業品計(B) 1,077,609  924,018  825,520  957,022 1,300,336 1,514,886
(A/B,%)         2.2      1.6     1.4     1.5     2.1     1.8
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<輸出>
セルロイド(C)      8,768    6,622    5,230    6,367   10,998   14,496
 素地(百斤)       3,467    2,687    5,083    8,519   22,013   30,071
化学工業品計(D)  126,999   128,245   92,978   113,719   176,618  205,686
(C/D、%)        6.9      5.2     5.6     5.6      6.2     7.0
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 (出所)三菱経済研究所『日本の産業と貿易の発展』(昭和10年)をベースに補正・追加した。
 (原資料)生産は『工場統計表』、セルロイドの輸出には製品が含まれている模様。

 なお、産業部門の一国経済に及ぼすインパクトについては、産業連関分析が有用であるが、セルロイドについての時系列データの有無を含めて、今後の調査課題にしたい。

4.おわりに
 大正期から戦前昭和期にかけてセルロイド産業は世界シェアでも国内産業界でもその重要性はピークを迎えたところだが、その背景には、大日本セルロイド鰍フ加工業界を大切にする経営方針があったと言える。『社史で見る日本経済史 57 大日本セルロイド株式会社』(2011年、鰍艪ワに書房)の巻末の解説で、橋本規之(信州大学)は次のように述べている。「加工業者の健全な発展を図ることは創業以来の基本理念であり、本書ではそれを「大乗的見解」と表現している。森田社長(編注:大正から戦前昭和にかけて社長と会長を務めた)は、・・・東京・大阪のセルロイド関係者を前に、生地製造業者と加工業者は両々相まって初めてセルロイド事業を完成するとし、加工業者を重視した五箇条の方針を示して、お互いの協力を確認している」。
 その五箇条とは、
 @ 生地業者と加工業者との利害相反は絶対にあってはならないこと、
 A 継続的な取引をする加工業者には生地の供給責任を有すること
 B 供給価格は出来るだけ安くすること、
 C 加工業者が完全な組織化をして国際市場に対応できるよう協力すること、
 D D加工段階で生じる屑生地の処分の適正化に協力すること。
 以上、加工業者本位に経営を進めていたと言える。このことが、わが国セルロイド業界が世界一にまで上り詰めた要因のひとつであろう。
 なお、セルロイド工業史についての最近の文献としては、「我が国セルロイド工業の軌跡」(岩井薫生・大井瑛・松尾和彦 『産業考古学研究』(東京産業考古学会 2015年第2号))が詳しい。また、この調査では、戦前の文献については千葉商科大学付属図書館(千葉県市川市)のお世話になりました。ここに記して謝辞とします(2017年7月29日)。

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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