研究調査報告書
平井 東幸
セルロイド産業の業界団体の盛衰(上)
セルロイド産業史18


1. 初めに
 ここ数回は、関西セルロイド工業協同組合機関誌の『関西セルロイド情報』を利用して戦後の昭和の業界動向を概観してきたが、今回からに数回に分けて、セルロイドの業界団体の沿革を紹介したい。
 このテーマについては、最近では、小野喜啓氏(鰹ャ野由社長、セルロイド産業文化研究会評議員)の講演資料「セルロイド同業者団体の変遷」および「関西セルロイド・プラスチック工業協同組合の沿革」(いずれも2016年10月)があり、古くは例えば矢野信雄氏の『セルロイド この30年』(昭和50年)や『硝化綿工業会四十年誌』(硝化綿工業会、平成10年)がある。これらの資料を参考に明治以来のセルロイド産業の盛衰を団体史から跡付けてみよう。

2. 主要な業界団体
 まず、セルロイド関連の業界団体にはどのようなものがあったのだろうか?
 戦後の最盛期であった昭和30年の主要な団体を表1の通りだ。

表1 セルロイド業界の主要団体
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    団体名  (本部・支部所在地)             説    明
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  セルロイド生地協会(本部:東京、大阪支部)     生地製造会社の団体
  セルロイド貿易会(本部:東京、大阪支部)      輸出貿易に関する団体
  関東セルロイド工業協同組合連合会(東京)    関東地方の加工業者団体
  関西セルロイド工業協同組合(大阪)         関西地方の加工業者団体
  関東セルロイド生地商業協同組合(東京)      東京の生地問屋団体
  大阪セルロイド生地商業協同組合(大阪)      大阪の生地問屋団体
  (財)セルロイド検査協会(本部:東京、大阪支部) 輸出品取締法に基づく政府登録検査機関
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 (出所)『セルロイドの話』(セルロイド生地協会、1955年9月)

 原料の生地メーカーの団体から始まって製品化する加工業者の団体、そしてメーカーと加工業者をつなぐ問屋の団体があった。生地メーカーと問屋の団体はともに東京と大阪にあり、当時の業界が東京を中心とする関東と、大阪を中心とする関西に大きくは二分されていたことを示している。なお、表記の加工業者の団体は、連合会組織であり、製品別の工業組合から構成されている。さらに、輸出品の品質を確保するための輸出品取締法(その後、輸出検査法)に基づく検査協会も設置されていた。

3. 明治以降の短史
 ここで、セルロイド関連の業界団体の沿革を概略みてみよう。業界で最も古いのは、大阪小間物卸商同業組合(明治28年創立)に明治29年にセルロイドが加えられたことが嚆矢とみられる。明治40年には、大阪小間物製造組合が設立され、大阪ではセルロイドの商業と加工業の団体が出揃った訳である。因みに、わが国の業界団体として最も古いものの一つが、明治15年に各地の紡績団体の中央組織として設立された紡績連合会である(現在の日本紡績協会)。
 業界団体は、洋の東西を問わず、中世から、経済活動が発展するに伴い、同業者共通の利益を追求するため、そして同業者間の親睦を図るために、さらには支配者の経済的利益を確保するために業種別の商業組合や工業組合が、各地方に、そして中央にと設立されてきた。欧州の職業別のギルドはその典型である。資本主義経済が発展するに伴い業種を超えた経済団体として商工会議所が設立されたことは周知のところ。
 わが国でも中世から座や仲間という形で業種別の団体が設置されてきた。明治以降は、富国強兵・殖産興業の中で、業種別の組合や工業会が設置された。中世以来の業界組織が資本主義経済の導入のなかで、衣替えしたのであろう。その後の産業育成、戦時経済、統制経済、そして戦後の経済復興のもとで、業界団体の強化と再編成が繰り返された。このことは、セルロイド業界でも同様であった。
 敗戦後は、昭和21年に関東と関西のセルロイド工業協同組合が設立された。昭和23年の事業者団体法の施行で、戦時下での団体が大幅に衣替えしたもの。セルロイド生地工業会がセルロイド生地倶楽部に組織替えしたのは、同年であり、因みに私事にわたるが、小生が32年勤務した日本化学繊維協会も同年設立であった。
 戦後は石油系のプラスックの新展開があってセルロイドは昭和30年代がピークなったが、その後は生地メーカーの撤収、加工業者の廃業やプラスチックへの転換があり、つれて業界団体も整理統合が行われた。平成30年現在、セルロイドの名称がついた業界団体は関西セルロイド・プラスチック工業協同組合のみとなっている。

4)業界団体の業務
 ここで業界団体の業務についてみてみよう。
 業界団体の目的は、一口に言えば、会員の共通利益の追求と会員相互の親睦を図ることである。
 因みに、昭和21年に設立された日本硝化綿工業会の定款第1条は次の通りである。
「本会は硝化綿工業に関する諸般の調査研究を行うと共に会員相互の連絡ならびに親睦を図り、もって斯業の健全なる発達に寄与することを目的とす」
 その活動範囲は広くその業務は多岐にわたる。事業は業種や業界規模、さらには時代によってまことに多様であるが、およそ次のように整理できる。

@ 統計の収集・分析、調査研究
会員統計(生産、設備、在庫、従業員、事業所等)の収集と分析、調査研究としては業界の景況調査、市場調査、技術研究開発、特定テーマ調査等があり、これらの成果は月報、機関誌として発行、さらに年史の編纂刊行等

A 広報宣伝と防災活動
業界振興のためのPR活動として、パンフレット発行・配布、啓発普及会の開催、見本市開催さらに新規市場の開拓活動等と安全操業に関する防災活動の実施

B 貿易関係事業 
輸出振興策の実施、その後は輸入規制策の検討等

C 戦中・戦後の統制経済下の資材割当や外貨割当

D 販売価格や数量、生産数量や生産能力の調整等
法律の適用除外がない場合は独禁法違反になる等

E 業界の意見を官庁への具申
関連の法令改正、税制改正等について業界要望を陳情

 このうちCは通産省等の官庁の代行事務・・役所の別働隊」としての役割であったと言える。
 以上が団体の主要な業務であった。これらは、個々の企業ではできないこと、ないしは、共同化した方が効率的な事業であり、業界団体は業界の発展のために共通利益を求めて、各種事業を行っている。このことはセルロイド業界にも概ね該当した。

 しかし、経済の成長につれて産業構造も高度化し、さらに経済の自由化、国際化が進展するなかで、規制緩和も進行する中で、組合員ないし会員企業の事業収束ないし多角化もあって、こうした団体事業の存在意義は次第に低下していった(続く)。
 次回は、セルロイド業界団体を、生地団体、製品組合、問屋組合の三つに分けてその動向を取り上げます。

 今回もセルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表から資料提供を頂き、原稿の点検を頂くなど、大変お世話になりました。ここに記して感謝の言葉と致します。

(2018年4月5日)

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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