研究調査報告書

セルロイドハウス横濱館評議員
神奈川大学名誉教授・総合理学研究所客員研究員
工学博士 大石不二夫

セルロイドとその後継者たち
〜セルロイドからセルロースナノファイバー(CNF)まで〜


 繊維の歴史をたどれば、絹・綿・羊毛などの天然繊維の次に、セルロース系の人絹やアセテートなどが現れ、それら半合成の人造繊維を経た後、ナイロン・ポリエステル・アクリルなどの合成繊維が普及した。
 一方、樹脂についてみると、松やにから造られるロジンのような天然樹脂の次に登場した半合成樹脂であるセルロイドは、一世を風靡し、キューピー人形をはじめとするセルロイド製品は、戦前の代表的な輸出品となった。第二次大戦前と後には、わが国のセルロイド生産は世界一となっている。
 セルロイドは最初のプラスチック(半合成樹脂)であり、いわば元祖ともいえる。
 そのセルロイドの“子供”に当たるのが、「セルロース系プラスチック」である。石油を原料とする合成高分子であるプラスチック全盛の中で、独自の位置を占め、たばこのフィルターなど、輸出の花形にもなっている。さらに“孫”に相当するのが、いま話題の新素材『セルロースナノファイバー』(以下CNF)であり、わが国発の有望な新産業の主役として熱い視線を集めている。
 セルロイドは、2016年のリオデジャネイロ五輪の後、卓球ボールの原料としての独占的な地位をABSやポリウレタンに奪われつつあるが、その子供や孫たちは元気に育っているのである。

〜目次〜
プロローグ
第1部 セルロース系プラスチック
 1. プラスチックとしてのセルロイド
 2. セルロース系プラスチック
    1) アセテートプラスチック
    2) アセテートブチレートプラスチック
    3) プロピオネートプラスチック
    4) エチルセルロースプラスチック
第2部 セルロイドの子孫〜CNFの現状と未来
 1. CNFの誕生
 2. CNFの要点
 3. CNFの参考文献
 4. 筆者の見解
エピローグ

第1部 セルロース系プラスチック
1. プラスチックとしてのセルロイド

  「セルロイドはプラスチックの元祖である」と、筆者は拙著「プラスチックが一番わかる」(技術評論社発行、2011年)の中で強調した。一般に「プラスチックの最初はフェノール樹脂(通称ベークライト)」と言われることが多い。合成高分子に限定すれば確かにそのとおりであるが、天然の高分子であるセルロースを主鎖にもつセルロイドは半合成高分子である。繊維における人絹やスフなど化学繊維と、ナイロン・アクリル・ポリエステルなど合成繊維との関係に似ている。
 一方、材料としての実用面からみれば、セルロイドは熱可塑性のプラスチックである。本報では工業材料としての視点から、セルロイドと、その後に出現した「セルロース系プラスチック」との物性を比較しよう。なお、プラスチックの工業化の始まりは、フェノール樹脂では1909年であるが、セルロイドでは明治元年、1968年と今から約40年さかのぼる。
 表1(丸澤廣・宇田和夫著「繊維素系樹脂」、日刊工業新聞社1970、P150)にセルロイドとセルロース系プラスチックとの機械的性質を一覧する。セルロイドが機械材料としても有用であり、合成プラスチックが出現する数十年前から活用されていたことがうかがえる。
 以下がセルロイドの主成分である。
 (1)ニトロセルロース:硝酸セルロースのことで、工業的には硝化綿と呼ばれる。綿実(めんじつ)からのリンターに硝酸を加えて得られる。後に、原料のセルロースには精製リンターのほか精製木材パルプも用いられた。これに可塑剤効果のある樟脳(しょうのう)と溶剤を加えて成形すると、セルロイドの原材(板状・丸棒状・シート状)となる。この原材を金型を用いて加熱水蒸気を用いて二次成形し、さらにバリ取り・彩色・仕上げの工程をへてセルロイド製品となる。
 (2)アセチルセルロース:硝酸の代わりに酢酸を加えて得られる。可燃性が改良されたため、“不燃セルロイド”とも呼ばれたが、完全な不燃ではない。しかし映画フィルムがニトロセルロースからこれに代替したことにより、映画館の火災が大幅に減少した。

2.セルロース系プラスチック
   セルロイド以外のセルロース系プラスチックとして以下がある。
   1)アセテートプラスチック
   2)アセテートブチレートプラスチック
   3)プロピオネートプラスチック
   4)エチルセルロースプラスチック
 これらの機械的性質は表1に示した。それぞれの用途は、同じ文献1)に写真で示されている。


 表1 セルロースプラスチックの機械的性質


第2部 CNFの現状と未来
1.CNFの誕生

 「セルロイド」はプラスチックの元祖として、一世を風靡した。しかしながら産業材料としては、卓球ボールが国際規格から外されたことにより、最後の活躍の舞台さえ失い、ゴルフシャフトのカラーや愛好家向けのメガネや万年筆などを除き、過去のものとなりつつある。しかし文化財として永遠であるばかりか、産業史の視点からも、当時、日本国内の雇用と輸出を支えた基幹産業であった。さらに、セルロイドの主な原料である「セルロース」は、極めて豊富な天然資源である木材の主成分であり、非石油系のエコ材料の原料といえる。
 今、『CNF』は最先端の新素材として、また日本発創造産業の代表例として開花しつつある。筆者が東大農学部林産化学科の尾鍋教授(現、名誉教授)と交流していた当時、尾鍋研究室の大学院生、磯貝明青年(現、教授)と知り合ったが、彼こそが後に「セルロースナノファイバー」を創出し、(2015年、齋藤継之准教授、西山義春氏とともに)森林・木材科学分野のノーベル賞ともいわれる『マルクス・ヴァーレンベリ賞』のアジア初の受賞に輝いたCNF開発のパイオニアである。図1に、事象内容を示す。(http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100458.html)


図1 NEDOのNews Releaseより受賞内容の図


 筆者は磯貝研究室で生み出されたCNFに当初から注目し、とくにプラスチックやゴムの新強化材としての応用を試みてきた。
 以下に、磯貝教授の講演「環境適合型新規バイオナノ先端部材の基礎と応用展開」から、その要点を紹介する。

2.セルロースナノファイバーCNFの要点
 磯貝研究室では、長年セルロースの反応研究を行ってきた。TEMPO触媒(TEMPO:2,2,6,6-tetramethylpiperidine-1oxy radical、市販の安定ニトロキシルラジカル(プラスチックの光安定剤HALSにも利用されている)によるセルロースの酸化反応の一環として、1996年に研究中、再生セルロースの酸化により水酸基がカルボキシル基に優先的に変換され、水溶性の新規β-ポリグルクロン酸(セロウロン酸と命名)が生成(A.Isogai and Y.Saito:Cellullose,4,153(1998)、さらに高結晶セルロース(例えば針葉樹漂白クラフトパルプ)の酸化からナノファイバーが生成することを偶然発見した(Y.Saito and A.Isogai:Biomacromolecules,5,1983(2004)。グリーンケミストリーでダウンサイジングによりナノファイバーが生成した。このTEMPO酸化セルロースナノファイバーが、高性能性、高機能性素材として期待される潜在能力と特性は以下の通りである。
  @天然セルロース由来:豊富なバイオマス利用、環境適合性、再生生産可能、生分解性
  A均一でナノサイズ:3〜10nm(断面が正方形) 
  ⇒ 他成分との特異的相互作用、特異的分離機能、光学透明性
  B高アスペクト比:>100(重合度が平均500位、分布250〜2000 ⇒ 高強度、高弾性
  C高結晶度:70〜90% ⇒ 高強度、高ガスバリアー性、低膨張率(2.7ppm/K)
  D表面に高密度でカルボキシル基が存在(カルボキシル基密度が1.7/nm2)
  ⇒ 完全分散に必要な官能基、他の無機及び有機化合物との相互作用による更なる機能化の接点
  E完全なナノ分散(TOCNキャストフィルム)/水分散液
  ⇒ 塗工又は紡糸による透明なフィルムに成形可能、低固形分高粘度ゲルとしての利用
  Fコスト:TEMPOの回収及び再利用から500円/kg (目標)
 NEDOナノテク・先端部材実用化研究開発プロジェクト、平成22〜平成24年度 助成事業(ステージU):日本製紙梶A花王梶A凸版印刷鰍燻Q画
 このように、CNFはナノ繊維として従来にない特徴を持っている。とくに表面が化学的に活性であり、内部は化学的に安定なセルロースの結晶であることは、ナノ複合材をデザインするためのアイデアをいくつも持っている。たとえば、2価の金属塩を使ったアイオノマー化、無水マレイン酸との反応、エポキシ基との反応など界面の接着を考慮した複合材など、今後の期待が大きい素材と考える。
 以上が磯貝教授の講演の要点である。

3.CNFの参考文献
 日刊工業新聞社発行の「工業材料誌」(62巻10号、2014)のセルロースナノファイバー特集号の総論1に掲載された磯貝先生の総説「セルロースナノファイバーの開発の現状と用途開発」は、セルロースナノファイバーのパイオニアらしい優れた展望である。なお、本誌にはセルロースナノファイバーの機械式製法の権威である京都大学、生存圏研究所矢野浩之教授らの総説3件ほか、トピックス5報も掲載されている。

4.筆者の見解
 前述したように、筆者はこのCNFが世に出た直後から注目し、関心を持ち続けてきたが、応用面での支援を兼ねて、まず灰JKと三菱エンジニアリング鰍ヨ提案し、「プラスチックの高機能化・高性能化への応用」を計画した。また「ゴムの高機能化・高性能化への応用」も提案し、その一部は企業にて開発が進められている。

エピローグ
 以上、セルロイドとその子らのセルロース系プラスチックと、セルロイドの孫ともいうべき日本発の新素材CNFまで紹介した。セルロイドに永年関わってきた者として、その後継者ともいうべきCNFにも関わっていることに、大いなる喜びを感じながらペンを置きたい。

付記
 当館(セルロイドハウス横濱館)では、セルロイドに関する産業・文化・科学の面から、調査・研究を続けている。現在のテーマは、「セルロイド産業史」(岩井薫館長)、「セルロイド成形用金型」(佐藤功副館長)、「セルロイドの光劣化(神奈川大学理学部西本右子研究室と大石不二夫評議員)」である。なお、館外からの研究提案も募集しており、セルロイドに関する研究費の助成も受けつけている。

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