研究調査報告書
平井 東幸
昭和29年の業界動向・・組合機関誌からみた関西セルロイド業界(その6)
セルロイド産業史19


1.初めに
 今回も『関西セルロイド情報』(関西セルロイド工業協同組合の月刊誌)を利用して昭和29年の業界の動向を概観したい。この年は、第1回全日本自動車ショーが開催、ベネチア映画祭で黒澤明の「七人の侍」が銀獅子賞、わが国初の缶ジュースが発売、流行語では、パートタイム、ロマンスグレーが話題になり、政治では、防衛庁・自衛隊が発足、第5福竜丸がビキニ環礁で被爆等と、敗戦後10年にしても、多難な一年であった。

2.昭和29年のセルロイド業界・・・輸出が6割アップ
 セルロイド加工業界の業況は輸出を梃に回復基調であった。関西セルロイド・プラスチック工業協同組合の『創立75周年、設立40周年記念誌』(平成2年)は、この年(ただし、4〜6月)の業況を、中小企業庁調査を引用して次のように記述している。
「生産金額は前年同期比90%上昇、輸出向け出荷金額は1115%アップ、・・・販売価格はブラシの低調を除き、櫛、容器、定規等は比較的堅調に推移している。採算状況は値ザヤ縮小し・・・資金繰りは手形長期化、不渡り事故の発生などから前期よりさらに悪化している」と。
 また、セルロイド検査協会の足立健一専務理事は、その論考「昭和二十九年の輸出を顧みて」(同誌12月号)で、「(輸出は)本年は例年に比べて非常に伸びた。月により差があるが四割から十割位まで増加している・・・結局本年の輸出は推定して十九億円位で前年比六割増になる。その内容は、セルロイド生地で約5億円、製品合計で約十億円、・・・残りが雑貨に属するもの」と述べている。ただ、「戦前の最盛期には到底及ばない。プラスチック製品にその用途を奪われており、決して油断できない」としている。
 因みに、製品輸出の動向をみると、表1の通り増加している。この数字のうち、実績は検査協会による。29年の予想については関東と関西の両工業協同組合と、セルロイド検査協会が合同で作成したもの。
 この表を見ると、輸出額全体を玩具と身辺雑貨でほぼ等分している。後者は、眼鏡枠、造花、置物、腕輪で全体の3/4を占めている。それにしても当時は実に多様なセル製品が輸出されていたこと、そうして品目によってかなりの消長があること、さらにこれらの製品はその後プラスチックに代替されてしまったことが何とも懐かしいではないか。
 なお、輸出振興策については、従来輸出生地については樟脳の特価制度が設けられていたが、同年7月からこれを輸出用製品にまで拡大することとされた。この制度は樟脳の専売制度が廃止された昭和36年まで継続されて、輸出振興策の一環として成果を上げたとしている。

 表1  セルロイド製品の輸出実績と予想
                            (単位:万円)
――――――――――――――――――――――――――――――
品   目     昭和28年(実績) 昭和29年(予想)
――――――――――――――――――――――――――――――
玩 具           44,482        62,000
機械玩具           1,094         1,800
身辺雑貨         46,960        62,000
 眼鏡枠          7,246        15,000
 造花            13,879       11,000
 置物            5,043        11,000
 腕輪            6,023         9,000
 ブローチ          2,917         3,000
 洋傘柄          2,454         2,000
 櫛              2,939         2,000
 その他           6,857         9,000
容器文具          2,463         3,700
定規・分度器        1,578         1,800
テーブルテニスボール  2,864         3,000
ブラシ類           1,720          700
自転車部品         5,050         2,000
雑品              574         1,000
 合  計         104,785       138,000
――――――――――――――――――――――――――――――
(出所)『セルロイド情報』1954年11月号   

3.昭和30年度の生地生産計画
 通産省の依頼によって生地倶楽部では、30年度の生産計画を、8,700dとして報告した。なお、29年度の計画は各社を合計すると1万dになったが、これを倶楽部では下方修正し、8,100dとした。
 国内向けは「カネづまりの影響で購買力減退がいつまで続くか」という問題があるが、輸出は好調なので、29年度比600d増は穏当であった模様。ただ、懸念材料は樟脳不足だと指摘している。この間の生産に占める輸出比率は29.6%から31.0%に上昇する計画。
 因みに、30年度の生産実績はこれをやや下回った。
 30年度の内訳は次の通り:

 表2 昭和30年度の生産計画
―――――――――――――――――
摘 要
―――――――――――――――――
国内向け  6,000d (5,700d)  
輸出合計  2,700d (2,400d)
 内生地   950d ( 800d)
 内製品  1,750d (1,600d)
合 計     8,700d (8,100d)
――――――――――――――――
(注) 括弧内は29年度計画値

4.昭和29年のトピックス
 業界をめぐるトピックを同誌からいくつか紹介しよう。
1) セルロイド製品陳列所の開設
 関西セルロイド工業協同組合では、大阪開催の日本国際見本市を契機に、セルロイド製品陳列所を大阪セルロイド会館に開設した。4月15日に会場、「組合員は誰でも出品でき、製品の紹介、普及につとめ、取引の便に供するもの」。当初出品工場数は40社、出品製品数は約2千点。順次新製品、参考品、図書等を陳列して内容の充実を図るとしている。以後『セルロイド情報』では毎号陳列所の情報を掲載している。この組合共同施設の設置運営には、生地倶楽部、検査協会、生地商業組合等の後援を得ており、当時の業界の意気込みがうかがわれる。
2)セル湯桶の宣伝号発刊
 『セルロイド情報』の6月号は、湯桶の特集号だ。その中で、「セルロイド湯桶の五得」として次を挙げていて面白い;

 @美しくて軽くて丈夫
 A環境を明るくする・・・兎角単調気味の風呂場に美しいセル湯桶は環境を明るく する。昔から嫁入道具の一つに欠かせないものだと。
 B衛生的である・・・木桶は兎角不衛生になりがち、セルは樟脳が原料なので良い 殺菌剤にもなる
 C所在がよくわかる・・・銭湯で自分の持物を見失うことがない
 D耐薬品性がある・・・金盥はガスや湯の中の塩類に作用して錆びたりしない

以上のように、良いことずくめだが、次第に人気が衰えてきていると。戦時中の代用品のイメージが残っていることもあるが、プラスチックの進出によるセル製品全般の沈滞と軌を一にしているようで、業界として奮起するため特集号を組んだ由。
3)パス入れにセルを推進
 昭和の10年頃までは、電鉄会社で定期券を購入すると、セル製のパス入れを添えてくれたそうだが、戦後はビニール製に代替されつつある。ビニールだと塩素がインク消しの効果を発揮するので、パス入れは透明なセル製に限ると。東鉄局でもセル製を推奨してくれており(同誌5月号)、この際、業界としてその復活に努力すべきだとしている。そのためには、優秀品を作ること、安い値段で提供すること、普及宣伝を図ることを提案している。
4)眼鏡フレームはセル
 当時、製品輸出の主要品目の一つがセルフレームであった(表1参照)。その産地は今も変わらぬ福井県。『セルロイド情報』(1954年4月号)によると、セル枠の製造は明治38年に増永伊佐衛門が同県に(大阪から)移入したのが始まりと。昭和29年現在、眼鏡枠工場は約150工場、そのうち114工場がセルロイド・・すなわち、約7割がセル。戦後、金属枠の凋落があり、セルへの転向が進み、当時の繁栄が実現した。 生産数量は20,000打で、製品の7割は国内向けで福井市内の問屋を通じて全国に販売されていた。そして福井産地は全国市場の6割を占めていた。現在もセルフレームはごく少量生産されているが、それはもはや趣味の製品に留まっているようだ。

 この稿についても、セルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表のご点検とアドバイスを頂きました。ここに記して御礼と致します。
 次回はセルロイドの業界団体の盛衰(中)を取り上げる予定です。(2018年5月10日)

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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