研究調査報告書
平井 東幸
業界団体機関誌からみる戦後の関西セルロイド産業(その7)
セルロイド産業史21


1. 戦後10年、昭和30年のセルロイド業界
 引き続き『関西セルロイド情報』(関西セルロイド工業協同組合の月刊誌)を利用して昭和30年の業界動向を回顧したい。この1955年には、国際的には、GATT(現在のWTOの前身)に正式加盟が実現、国際社会への復帰が一段と進み国際収支が大きく改善した。国内では自由党と民主党が解党して自由民主党を結成、世相面では、ハナ肇らが「クレージーキャッツ」を結成、初代のトヨペット・クラウン(トヨタ)や国産初のトランジスターラジオ(現ソニー)の発売があり、戦後10年にして経済的にも社会的にも概ね復興が一段落し、安定し始めた年であった。

2.輸出が3割増で業況改善
 セルロイド加工業界の業況は一般景気が引き締め基調の中にもかかわらず、前年に続き輸出主導で回復基調であった。生地生産は1.1万d、輸出も90か国に及び、21億円と順調に増加した。
 関西セルロイド・プラスチック工業協同組合の『創立75周年、設立40周年記念誌』(平成2年)は、この年(ただし、4〜6月)の業況(富山県以西)を中小企業庁の調査を引用して次のように記述している。
 「生産金額は前期比10%上昇、前年同期比では90%。輸出向け出荷金額は93%、前年同期比では115%。また、販売金額では前期比20%増、前年同期比では10%減。
 販売価格はブラシの低調を除き、櫛、容器、定規などが比較的安定。採算状況は値ザヤ縮小して前期比保ち合い。資金繰りは手形長期化、不渡り事故の発生から前期よりさらに悪化している。155業者中で3件の休業がある」と。
 同誌3月号は、セルロイド生地倶楽部が作成し、通産省の輸出会議が承認した昭和30年度の輸出目標を掲載している。製品と生地合わせて23億円と前年比17%の増伸を見込んでいる。品目別には玩具と身辺雑貨の伸びが大きい。中国との取引復活が業界で期待されたのもこの年の特徴。ガット加盟もプラス要因としている。ただ、「29年末には米国でセルロイド製玩具の危険性、可燃性に対する是非問題があり、又本年になってから、内地デパートでもその取扱いについて兎角の批判が論議されている」(同誌4月号)ことになって、業界にとって逆風となり始めた年であった。


表 セルロイド製品の輸出実績と目標
(単位:万円)

 品   目 昭和28年(実績)   29年(予想)  30年(目標)
 玩 具  44,482  62,000  74,000
 機械玩具  1,094   1,800  2,000
 身辺雑貨  46,960  62,000  76,000
   内眼鏡枠  7,246  15,000  20,000
    造花  13,879  11,000  12,000
    置物  5,043  11,000  13,000
    腕輪  6,023  9,000  11,000
    ブローチ  2,917  3,000  ---
    洋傘柄  2,454  2,000  ---
    櫛    2,939  2,000  ---
    その他  6,857  9,000  20,000
 容器文具  2,463  3,700  4,000
 定規・分度器  1,578  1,800  2,000
 テーブルテニスボール  2,864  3,000  3,500
 ブラシ類   1,720  700  1,000
 自転車部品  5,050  2,000  2,500
 雑品  574  1,000  1,000
合  計  104,785  138,000  166,000

(出所)28年実績、29年予想は『セルロイド情報』1954年11月号、30年度目標は『セルロイド情報』1955年3月号 
(注)30年目標のブローチ、洋傘柄、櫛は「その他」に含む。
  
3.戦後10年の回顧
 矢野信雄氏は、同誌(1、2、3月号)で「戦後十年」を連載して、過去10年の業界の動向を総括している。敗戦ですべてが一層不足し、しかも連合軍の統治下にあった時代下、生地の割当配給制度が昭和24年まで実施された。戦中の陸海軍向けに代わって進駐軍向けが最優先、因みに22年度105d、23年度104d。輸出向、石炭増産向の配給は昭和22年度では、需要が3432dに対して配給は1240d、23年度では、需要5950dに対して供給は2402dであった。優先分を除くと、一般日用品は圧迫されるのは道理。「生地の入手さえできれば、どんな製品だろうと、前金で、場合によってはプレミアム付きでも売れた・・」と言う時代でもあった。
 GHQによる賠償撤去工場指定も大問題であった。昭和21年に505工場が指定され、そのなかにセル生地製造も5工場が含まれていた。これは全国の生産能力の実に86%。度重なる解除陳情にもかかわらず、昭和27年まで持ち越された。もっとも、その間に、セル生地工場は他業種に比べて爆撃の影響が少なく、加えて他の工場の整備が進み、生産は順調に回復し、昭和29年には再製を含めて8355dと記録した。それでも戦前ピークには回復していない。
 樟脳の自由化もこの10年で大きな変転があった。明治時代に専売品となった樟脳だが、戦後は世界最大の産地・台湾を失なったものの、他方で需要が低迷し、その結果、統制を率先して外して自由販売になったのである。その後、需要の回復で昭和20年代末には需給が逼迫した。ともあれ、戦後10年経っても、セルは生産輸出とも戦前ピークの昭和10年前後を回復しないままであると。欧米メーカーの市場挽回、プラスチックの登場等の世界のセルロイド製品に対する需給要構造の大きな変化が、その背景にあることは当時の業界ではまだ十分に認識されていなかったようだ。
 なお、筆者の矢野氏はセルロイド生地協会の職員で、同協会の事務局長を務めた。200頁を超える『セルロイド この30年』(昭和50年、非売品)という著書がある。

4.昭和30年のトピックス
 業界をめぐるトピックを同誌からいくつか紹介しよう。
1) セルロイド生地協会へ名称変更
 生地メーカーの業界団体である生地工業会は、戦後の占領政策により昭和23年に解散させられ生地倶楽部として再発足したが、クラブという名称は単なる親睦団体ではないかとの誤解を招くとの批判もあり、昭和30年1月からセルロイド生地協会に改称した。業務は変わらず、生地メーカーの共同の利益を促進するため官庁、加工業界、その他の関係方面との連絡調整、意見具申、統計収集、共同宣伝等を従来通り行う。
2)セル玩具の可燃性
 『セルロイド情報』は、デパートにおけるセル玩具の可燃性関連の報道を紹介している。消費者の力が強い米国で始まったこの問題は、30年初頭から国内に飛び火して、「各百貨店がセルロイド製品は可燃性危険物として仕入れを停止、3月1日から玩具、文房具を初め容器、雑貨類まで一斉に売り場から締め出そうという申し合わせが出来たとか」(4、5月号)で、業界では大きな騒ぎとなった。大阪高島屋では、結局玩具と文房具だけにとどめて化粧用具は除くことにした由。専門家筋の推定では百貨店のセル製品売上は年間12億円と大きな金額。業界ではセル製品追放はいろんな意味で大きなマイナスになるとしている。業界では、これの対策として、「その性能のヨサを一般大衆に再認識せしめる」とともに、その広い用途・・・一般には「玩具、文房具、櫛,ブラシ、卓球を例に挙げる程度」だが、実際は写真、医療、機械、漁業、農業、産業資材と極めて幅広いことをPRせよと業界の怠慢を叱責している記事もある(4月号)。
 その後、推移は読者ご高承の通り、これが大きな契機となって新興のプラスチックに代替されていくことになる。                       
3)ガット加入で輸出増加期待
 GATT(関税貿易一般協定)は国際貿易を促進するための国際機関で、各国の関税・非関税障壁を低下ないし撤廃して貿易の振興を図る組織である。敗戦後10年にしてわが国もやっと加盟が認められた。ガット加入はわが国が国際経済社会の正式な1員として参加することを承認するもの。7月号では、早速この問題を取り上げ、例えば米国の玩具の関税は現行50〜70%だが、これが30〜35%に、造花では45〜60%が、35ないし50%に低下することになる。他方でわが国の酢酸繊維素の関税は30%から27.5%に引き下げられる。加盟国間の互恵が原則のこの国際協定は、その後のわが国の貿易促進に大きく貢献したことは周知のところ。
4)業界PR冊子『セルロイドの話』の発行
 セルロイド生地協会はPR冊子を編集発行した。B5版で30ページの啓発パンフレット。製法、生産、消費、輸出、製品規格、業界の歴史、セルロイドが愛されるわけ等の項目から構成されて、写真、工程表、統計図表も掲載したカラー刷り。ガット加盟で今後の輸出はますます拡大、有利になると解説している。米国での可燃性問題が契機にになって、世の中にセルロイドについての理解と深めて、認識を新たにしてもらうのが目的の由。

 この稿についても、セルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表のご点検とアドバイスを頂きました。ここに記して謝意を表します。
 次回はセルロイドの業界団体の盛衰(下)を取り上げる予定です。(2018年7月19日)

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事、葛飾区伝統工芸審査委員長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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