研究調査報告書
平井 東幸
業界団体機関誌からみる戦後の関西セルロイド産業(その8)
セルロイド産業史22


1.「もはや戦後ではない」昭和31年のセルロイド業界
 引き続き『関西セルロイド情報』(関西セルロイド工業協同組合の月刊誌)を利用して昭和31年の業界動向を回顧します。
 この1956年には、年末に国連加盟が決まり、国内では、前年度下期から「神武景気」となり、経済白書は「もはや戦後ではない」と指摘。世相面では、石原慎太郎の映画「太陽族」が話題となり、NHKがカラーテレビの実験放送を開始した。住宅難は深刻だったものの、戦後11年目にして国民は自信を取り戻し始めた年であった。

2.生産は微減、輸出は計画目標未達に
 セルロイド業界は樟脳不足もあって生地生産は反落、輸出は可燃性問題等もあって計画未達と、概して業況は振るわなかった。そしてプラスチックの登場がいよいよ業況に影響を及ぼし始めた年でもあった。
 30年の生地生産は8,203dと前年の8,354dに及ばなかったが、詳しくみると、新製生地は微減だが、再製生地が大きく落ち込んだのが主因だ。なお、31年は回復している。しかし、今から振り返るとこの昭和30年代の初期が戦後の生産のピークであった。


      表 セルロイド生地生産の推移
                               (単位:トン)
年次 新製生地 再生生地 合計
昭 24 4,119 1,236 5,355
25 4,476 1,494 5,970
26 5,527 1,519 7,046
27 6.341 1.469 7,810
28 6,020 1,400 7,420
29 6,716 1,638 8,354
30 6,704 1,499 8,203
     (出所)『セルロイド情報』1956年3月号

 輸出は世界の約90か国にも及んだが、18億円余りと、前年が大幅増だったことの反動と米国に端を発した可燃性問題もあって不調であった。
 この年の業況を関西セルロイド・プラスチック工業協同組合の『創立75周年、設立40周年記念誌』(平成2年)は、次のように記述している。
  「セルロイド製品の輸出は戦後次第に軌道にのって安定化の方向に進んできたが、反面米国に於ける可燃性問題のトラブル等の件もあり、又国内においては硬質PVC生地の市場進出によりセルロイド雑貨用に伸びてきており、セルロイドよりプラスチックへの転換の兆しが出てきている」。因みに、昭和31年3月の生産量は、
   セルロイド         650d
   硬質塩化ビニール板  450d
であり、塩ビの追い上げが著しいことが分かる。

3.昭和31のトピックス
 業界をめぐるトピックを同誌からいくつか拾ってみよう。

1)大セルは業績好調
 同誌には毎号のように大日本セルロイド鰍ノ関する記事が掲載されている。1956年3月号には、株主総会の概要が報告されており、半期の売上高は40億8600万円(前期比1億5000万円アップ)、計上利益は2億4200万円、利益率は5.9%と順調であった。部門別売上高は、セルロイドが22%、アセテート繊維が25%、繊維素誘導体が28%、有機合成品・セルシ等で25%と4部門にほぼ均等化されており、これが経営の安定に貢献しているとしている(ただし、部門別の利益は公表されていない模様)。
 そしてセルロイドについては次のように記述されている。
 「本期は不需要期でありましたので、売上高は稍々減少致しましたが、昨年11月頃から弗々需要期に入りましたのと、他面一般好況の影響もありますので、今後は多少好転するものと考えます。然し何分にも業界は競争熾烈を極めておりますので、当社と致しましては、他社の追随を許さぬ斬新な意匠,柄合等の研究をすると共ともに、諸外国への輸出の拡大を図る等、云々」。
 大正8年に国策的な観点から統合して成立した同社は、以来、戦後もセルロイド業界のガリバー型寡占のリーダー企業として加工業界の育成等を含めて業界の発展に大きく貢献したことは、いくら強調しても強調しすぎることはないだろう。

2)セルロイド自然発火問題で陳情
 大阪市での9月に起きたキャバレーの火災原因が、セルロイドの自然発火だとの警察の発表に抗議して、関西セルロイド工業協同組合とセルロイド生地協会は共同で陳情を大阪府警と大阪市消防局に対して行った(12月号)。その要旨は、セルロイドは自然発火をしないこと、とくに今回は荷物預かり札から発火したとあるが、それは絶対にありえないと強く否定した内容になっている。そしてこの報道で業界は大きな迷惑をこうむっているとして新聞社と関係当局に猛省を即すとしている。業界への影響としては、預かり札メーカーには発注先から事情の照会と注文取消しが殺到して営業妨害ではないかと、また、セルロイド産業には従業員が約3万人、家族を含めると10数万人に及び、その生活は業界の浮沈に関係しているとして、今回の事態を黙視できないと指摘している。まさに、この件は当時のセルロイド可燃性問題の深刻さと、これに抗する業界の勢力と危機意識を示すものと言えようか。

3)セルロイドの市場調査
 「最近のプラスチックの進出でいろいろな話題を呼んでいる」ことから、セルロイド生地協会では地方の百貨店、問屋を対象に市場調査を行った(5月号)。「この際セルロイド製品を新しい眼で見なおして、将来の進むべき方向を再検討する」ための調査。そのまとめとして次の3点を指摘しており興味深い。
@メーカーは自社製品に自己満足してはいけない。工場責任者は地方に出向いて、百貨店、問屋の意見を聴取して対応する必要がある。
A包装に工夫が必要だ。包装も商品の一部だとの認識が欠かせない。
B地方問屋の勢力を再認識する必要がある。商品によっては問屋が強大な力をもっている。
 以上の点は現在でもマーケティングに通用するものであろう。

4)NHKラジオでセルロイドを放送
 NHKラジオの「暮らしのしおり」では、セルロイドを採り上げている。大セルの松田研究所長、生地協会の奥野専務、関東セルロイド工業協同組合の関口理事長とのインタビューである。その速記録が11月号で全文掲載されており、興味深い。
 質問する古川アナは冒頭「セルロイドはわれわれの日常生活になじみのあるものですが、最近は新しいプラスチック製品が次々と派手に登場するためか、セルロイドは既に過去の商品みたいな錯覚にとらわれることがあります」と前置きして、当時のセル製品の置かれた状況を今に伝えている。
 放送の要旨は次の通り:@セルロイドの世界生産約2万トン、うち日本は8千dで世界一だ。Aセルロイドは一番無理のきく丈夫なもの。透明性、色合いが美しい、加工しやすいなど一般に喜ばれる原因。Bセルロイドは自然発火しない。C生産年8千トンのうち、輸出は大体2.5千d程度が、製品と生地とで輸出されている。今後も中共、ソビエト、北欧方面に延びる。Dプラスチックとの競合については、いい意味で競争相手となって技術を磨き合い、それぞれの特徴のところに進んでいくと。

4.おわりに
 昭和31年は、業界にとって曲がり角の年となった。生産はほぼこの年にピークアウト、その主因はプラスチックの進出が急であったことだ。この組合機関誌でも、塩ビやユリア樹脂、アセチロイドなどプラスチックの規格等の記事が多くなってきた。しかし、こうした解説記事でも、必ずと言ってよい程、セルの技術がプラでも活用できると指摘している。例えば、「プラスチック講座(2)」(10月号)で、著者の大セルの松田研究所長は「セルロイド加工業では成型法の原理とか技術の微妙な点を理解されているので、新しい樹脂をやる場合にも直ちにそれを応用されて何ら差支えないと考えます」と述べている。
 事実、セルロイド加工メーカーからプラスチック成型企業が輩出して大きく成長したことは、その後の歴史が証明しているところだ。
 こうして「もはや戦後ではない」と言われるようになった昭和31年には、関西セルロイド工業協同組合が大阪で開催する製品見本展示会の名称も従来のセルロイドからセルロイド・プラスチックに改称されたことが象徴的であるように、業界は大きな転換点を迎えた年であった。
 
 この稿についても、セルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表のご点検を頂きました。ここに記して謝意を表します(2018年9月6日)
著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事、葛飾区伝統工芸審査委員長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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