研究調査報告書
平井 東幸
業界団体機関誌からみる戦後の関西セルロイド産業(その10)
セルロイド産業史24

1.昭和33年:なべ底景気から世界同時不況に
 引き続き主として『関西セルロイド情報』(関西セルロイド工業協同組合の月刊誌)を利用して業界の動きを概観しよう。なお、同誌は33年11月号が昭和25年8月の発刊以来100号となった。
 昭和33年、すなわち西暦1958年は、なべ底景気から戦後初の世界同時不況になり、セル業界も大きな転期であった。欧州では、今のEUの前身であるEEC(欧州経済共同体)が発足した。国内では、売春防止法が施行されて赤線街が消え、1万円札が発行された。名古屋場所が初開設されて大相撲が現在の6本場所制になったのも、世界初のインスタントラーメンが日清食品から発売されたのも,旭化成工業がアクリル繊維「カシミロン」を披露したのもこの年だった。テレビ契約件数が100万を突破、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器となった。余談になるが、高度成長期になると、カラーテレビ、乗用車、ルームエアコンが新三種の神器に、そして平成三種の神器は、スマホ、パソコン、カーナビ。

2.セルロイド生地業界も操短と不況カルテル結成へ
 この年を前後にして多くの従来型産業では戦後の復興期間に増強された生産設備と他方で世界的な不況到来で需要は減少し、かくて需給ギャップが著しく拡大した。この結果、在庫増大、価格の下落、過剰生産に見舞われ、セルロイド業界もその例外たりえなかった。とくに輸出依存で成長してきただけにその不況は深刻化した。
 このため、生地業界では32年秋から各社による操業短縮(操短)を、33年4月からは通産省の勧告を受けて操短を始めたが、市況回復の実は上がらず(これは他の多くの業種でも同様)、結局同年末の不況カルテル結成の運びになったのである。
 この間の経緯については、『硝化綿工業会四十年誌』(平成10年、同工業会)から引用すると次の通りビビッドに記述されている。
「この年(32年)の生産は戦後最大を記録していた為、その影響は深刻で、流通在庫の換金売りが出るなど大混乱に陥った。このため工業会では流通・加工業者の要請を受けて当局へ交渉を行った結果、昭和33年12月に不況カルテル結成が認可された。内容は8月までの生産実績月平均600dに対してこれを300dに抑え、その期限を1か年とするというものであった。・・・4か月経過したが、状況の改善は見られなかった為、価格カルテルが認可実施されることになった。結局これが引き金となって輸出の引き合いも増え国内も需要期を迎えた上、昭和34年10月には旭化成、同年11月には中谷化学がセルロイド生地の製造を中止したため、このカルテルは1年限りで打ち切られることになった」(同誌35p)。

3.生地生産と輸出動向
 32年の生地生産推移をみると(表1)、再製は減少したものの新製は増産して戦後最高の6.868トンであった。この増産は33年に入っての業況悪化の一因となった。

表1セルロイド生地生産の推移(単位:トン)
年次 新製生地 再生生地 合計
昭和27 6,341 1,469 7,810
28 6,020 1,400 7,420
29 6,716 1,638 8,354
30 6,704 1,499 8,203
31 6,277 1,503 7,780
32 6,866 1,429 8,295

(出所)『セルロイド情報』1958年4月号


 そこで、32年から33年にかけての生産在庫をみると、表2の通り。生産(新製)は、確かに32年後半から減少に向かうが、在庫はむしろ増加を続けた。この間,前記のように自主操短(32年末からか?)、そして33年4月1日からは通産省の勧告を受けて操短を実施し、さらに操短率を10%強化したものの、殆ど功を奏していない。減産しても固定費の負担は変わらず採算は悪化するので、対外発表通りの減産は難しいのが業種を問わずの実態であった。従って、下表の数字もにわかに信じがたい程の大幅な減産振りではある。
 まだ手緩いとして更に一割強化による380d/月を考えていると記載されている。

表2 生地の生産・在庫(単位;d)
四半期 生産 減産生産(d/月) 在庫(期末)
32年T 1,744 590 900
U 1,815
V 1,756
W 1,548 540(12月) 1,300
33年T 1,239 1,200
U 1,178 420(4月) 1,180(4月)

(出所)同誌1958年7月号ほか

 業況がさらに悪化するなかで関西セルロイド工業協同組合は昭和32年11月に 業界の安定をセルロイド硝化綿工業会に申し入れたこともあり、33年4月に通産省から操短勧告を受けた。「輸出は買い控えのようであり、中小企業への配慮もあり、一般産業では2割以上の生産制限を行っていることに鑑み、セルロイドは3割程度」が勧告された。これは通産省の行政指導による操業短縮であり、後年独禁法違反が指摘されたもの。新製生地の生産を月250d程度に止めることにされた。しかし、その後も業況は一向に回復せず推移した。
 32年の生地と製品の輸出は、世界的な不況深化とプラスチックのさらなる進出で目標の29.7億円を2割近くも下回る23.8億円に止まった。それにも拘わらず、通産省輸出会議では33年目標は製品の伸びを大きく期待して30億円弱と32年目標をも上回る目標を設定した。輸出主導で成長してきた業界であっただけに「業界の覚悟をそのまま表現したもの」であった。  

表3 セルロイド・プラスチックの輸出実績と目標(単位:億円)
年度 生地 製品 合計
昭和31年(実績) 5.77 16.16 21.93
(目標) 6.45 18.20 24.65
昭和32年(目標) 7.72 22.00 29.72
(実績) 6.27 17.50 23.76
昭和33年(目標) 6.57 23.40 29.97

(出所)同誌1958年4月号ほか
(注)セルロイド、アセチルセルロース、硬質塩化ビニルを含む。

4 昭和33年のトピックス
 業界をめぐるトピックを同誌からいくつか拾ってみよう
1)『セルロイド硝化綿新報』の発行
 昭和32年4月にセルロイド生地工業会と硝化綿工業会が合併してセルロイド硝化綿工業会に改組されたが、33年6月からそれぞれの団体機関誌を統合して『セルロイド硝化綿新報』が発行されることになった。業界団体誌は業界内の情報交換の場のみならず会員のサロン的役割も果たすが、加えて、対外的に情報発信する機能が重要であり、業界不振の折柄その役割が改めて問われた。
2)優良セル製品のコンクール等の需要振興策の実施
 不況が深化し、プラスチックとの競合がますます激化する中でセルロイド硝化綿工業会は、セル加工業界振興策の一端として7月に第1回のセルロイド製品コンクールを実施した。230点の応募があり、優秀製品および新意匠にたいして中小企業長官賞等の賞が贈られた。並行して粗悪品追放を目指して、定規、文房具等のJISの基準引き上げと、これに合致した製品には組合推奨の「優良品」の証紙を添付し、新聞雑誌で広告宣伝するなどの方策を打ち出したのも、この年であった。なお、こうした振興策は、関東セル工業協同組合連合会とも協調して進めたところだ。
3)7月からは、大阪市商工貿易相談所内の展示室にセル製品の常設陳列所を開設した。従来からの大阪セルロイド開館内の展示に加えてのことであり、沈滞している業況を打破しようという試みの一つ。
 以上のように生産量削減の一方で、輸出用の樟脳,酒精等の価格引下げの要望や需要の拡大を目指しての各種の対策、国際見本市への出展等が行われたほか、34年1月からのメートル法実施や最低賃金制の導入を控えての準備等の対応も並行して実施されたのである。
4)プラスチックの日米生産比較
 セルロイド最大の競合相手であるプラスチックについて昭和32年の生産量を比較すると、表4の通り、日本は米国の15%程度であった。それでも、世界では米国、西独、英国に次いで世界第4位であった。その後まもなく英国を抜き第3位となるのだが、昭和22年頃は米国の372.6千dにたいして日本は僅か3.4千dで100分の1であったから、わが国の大躍進振りがうかがわれる。

表4  日米のプラスチック生産量比較(単位:千d)
種別 米国 日本
フェノール樹脂 189.4 19.3
ユリア・メラミン樹脂 140.4 76.0
アルキード樹脂 220.8 8.8
ビニル樹脂 364.5 124.6
ポリスチレン樹脂 270.9 13.0
ポリエチレン樹脂 283.5 17.9
ポリエステル樹脂 38.7 3.2
酢酸繊維素等 * 65.3 3.3
その他 202.5 3.1
合計 1,777.9 269.7
(出所)同誌5月号所載の大島大阪市立工業研究所長『プラスチックの現勢』
(注)*セルロイドを除く

5.おわりに
 昭和33年は前年からの自主操短から勧告操短、そして年末に至り不況カルテル結成へと戦後最大の苦難の年であった。これはセル業界に限るものではなく、産業全体に及んだ事態であった。しかし、翌34年になると、こうした一連の対策が奏功し、かたや輸出引き合いの復活もあり、年の後半から業況は漸く回復を見せることになった。

 この稿についても、セルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表のご点検とアドバイスを頂きました。ここに記して謝意を表します(2019年2月11日 )

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事、葛飾区伝統工芸審査委員長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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