研究調査報告書
平井 東幸
昭和37年の業界動向・・組合機関誌からみた関西セルロイド業界(その14)
セルロイド産業史28

1.昭和37年: 景気は調整局面
 今回も『関西セルロイド情報』(関西セルロイド・プラスチック工業協同組合の月刊誌)をベースに昭和37(1962)年の業界動向を概観しよう。
 この年の経済は前年の成長率が14.5%と非常に高かったことの反動もあって調整期だったが、秋には日銀が引き締め緩和を発表した。世相面では、テレビ契約者が1000万を突破、東京のスモッグが深刻化した。経済面では、機械輸出が3割弱に達して繊維製品を始めて抜いたし、佐世保重工が世界最大のタンカー「日章丸」を進水、富士ゼロックスが国産初の電子複写機を完成させ、日本電気が国産初の大型電気計算機を発表するなど、産業構造がそれまでの軽工業中心から重化工業へと高度化したことが明らかになった。流行語では、「無責任時代」が、ファッションでは、東レと資生堂が化粧品とモードの共同キャンペインを実施するなど、国民生活がいよいよおしゃれを楽しめる時代に入った一年でもあった。

2.セルロイド業界、需給関係は軟調へ
 昭和36年は、生地の玉不足が深刻化する程であったが、37年にはいると需給はやや軟化した。昭和37年の生地生産推移をみると(表1)、新製、再製ともに減産となり、前年比10%のダウンと、あの不況の33〜34年レベルに戻った。

 表1セルロイド生地生産の推移(単位:トン)
昭和 新製生地 再製生地 合計
31 6,277 1,503 7,780
32 6,866 1,429 8,295
33 4,684 1,030 5,714
34 4,675 750 5,434
35 4,698 759 5,457
36 5,256 758 6,014
37 4,777 647 5,424
 (出所)『セルロイド情報』1963年3月号 

 他方で、在庫の推移をみると(表2)、不況カルテル結成の33年には、1240dと著しく高水準であったが、以来減少したものの、35年を底に再び上昇に転じ、37年7月末には628dと増加した。輸出はまずまずながら国内市況の低迷が続いている。なお、在庫のメーカーと販売店との手持ち比率は表の右側に示す通りで、業況によってその比率は変動している。

 表2 新製生地の在庫の推移(単位:トン、%)
年次 期末在庫(d) メーカー(%) 販売店(%)
昭和33年末 1,240 60 40
昭和34年末 754 70 30
昭和35年末 363 45 55
昭和36年末 442 42 58
昭和37年7月 628 56 44
 (出所)同誌1962年10月号

 輸出をみると、36年は需給が軟調のなかで、12,900千ドルと目標達成率は95%と好調であった。37年度はさらに10%増加を計画。輸出振興を最大の使命とする国の要請に応えるものであった。

3.昭和37年のトピックス
 業界をめぐるトピックをいくつか紹介してみよう。
1) 樟脳の専売制廃止と輸出奨励金
 この年の3月をもって60年続いた日本専売公社による樟脳の専売制度が廃止された。その理由は@国内生産の減少、A合成樟脳の登場、B各種プラスチックの発展によるセルロイドの減産等(同組合75周年記念誌)。これに伴い昭和30年から実施されてきた輸出奨励金制度(製品輸出用セルロイド生地に対する奨励金制度)も廃止されることになった。この結果、価格は上昇し、採算を圧迫した。
 業界ではその対応策として新たに輸出製品用の生地に使用されるアルコールについて輸出奨励金制度を設けることを通産省に申請し昭和36年から許可された。なお、この制度は昭和48年秋まで実施された。

2) 需要振興事業の推進
 セルロイド市場がますますプラスチックに侵食される中、業界団体を実施主体として以下の需要振興策を引き続き展開した。いずれも政府、自治体の後援等による事業。
 @ 熊本城再建推進大博覧会において専売公社企画による「専売館」への出展
 A 大阪で開催された第3回優良輸出雑貨展示会への参加
 B 5回大阪国際見本市への専用小間設置
 C 東京で開催された、セルロイド・プラスチック優良製品展示会への参加
 D 大阪で開催のプラスチック総合展への出品
 E 国際巡航貿易見本市船「さくら丸」への出品

3)生地の用途別投入量の推移
 昭和35年から37年の用途別の新製生地投入量の比率を表3に示す。眼鏡フレームが2割を占めてトップ、そして、櫛類、化粧容器の3品目で全体の4割強を占め、これに生地を加えると3分の2になる。「3年間を通じて減少傾向は、玩具、容器、定規類、カラー、櫛類、ブラシ柄。増加品種は、文房具・・・卓球は自然増か。服飾・装身具も増えている。眼鏡枠は増え切ったというところ。・・卓球、パチンコ用はセルロイドでないとダメと言われるが両者併せて4%以内に止まる」(同誌1962年12月号)。要するに、主たる用途は、セルロイドの特性を生かした高級分野に収斂しつつあることがうかがえよう。

 表3 生地の用途別投入量(単位:%)
摘要 35年 36年 37年(予想)
玩具 3.28 2.54 2.80
化粧容器 14.00 11.83 11.50
文房具 4.56 6.64 5.23
定規分度器 2.90 2.24 2.72
卓球 1.62 1.83 1.83
カラー 2.31 2.10 1.93
装飾装身具 3.84 3.93 4.38
櫛類 12.62 13.03 11.50
眼鏡枠 19.71 21.28 21.63
ブラシ柄 2.42 2.78 2.00
機器車軸部品 2.17 0.80 0.90
生地輸出 14.32 13.82 16.25
其の他 16.25 17.18 17.33
合計 100.0 100.0 100.0
 (出所)1962年12月号
 (注)新製生地の昭和35年、36年末3か月の月間需要と、昭和37年度1か月平均年末需要予想を、全体量の%で示したもの

4) 卓球公認球の価格改定へ
 関西と関東のセル・プラ協同組合の卓球部会は昭和36年9月から一般球の標準価格をダースあたり小売店180円(1個15円)としたが、公認球についても卓球連盟との調整が済み、37年1月から最低価格を次のように決定した(1ダース当り)。

       工場値段    小売値段
  軟球   190円      300円
  硬球   220円      360円

 「公認球のメーカーは東西合わせて5社(ヤマト工業、パルマ、日本卓球、YS工業、村田産業)にすぎないが、競争が激しく価格はまちまちであったが、これ以下の売り崩しはしないように協定ができたもの」(同誌1962年1月号)。

5) 欧州セルロイド会議――欧州業界の現状
 7月にスイスのチューリッヒで、英国、西独、スイス、フランス、イタリア、それに日本が出席して世界セルロイド会議が開催された。出席した大セルの柴田常務取締役が同誌9月号に西欧の動向を報告している。その要旨は、@セルの将来性については、手放しの楽観は禁物だが、現状維持は可能と比較的楽観的。A欧州ではセルはダメになるとみられてきたが、依然として需要はあり、1961年は予想を上回る8千dを生産した。因みに日本は一国で6千d!!B生活向上に伴い、特別な用途が出てきている。例えば、スクーターのウインドー・スクリーン。櫛でも最近セルが復活してきた。眼鏡フレームも復活が著しい、C西欧では生産者から小売業まで値下げ競争はしない。無駄な競争を排する企業風土が根強いことが背景にあるDアルコール、樟脳では西欧が安価。ただし、リンター、硫酸、硝酸では、彼我の価格差はほとんどない。
 以上、総じて、西欧メーカーとの会合は、日本の業界の将来を考えるのにプラスが多かったと結んでいる。

6) 米国のセル製品事情
 昭和36年に大阪府立貿易館は、アメリカ雑貨デザイン調査団を派遣した。その調査報告(同誌37年5月号)によると、「米国市場でセル製品として出回っているのは、櫛、頭飾品、眼鏡枠、ブラシ等だが、いずれも高級品の櫛や頭飾品でも、1j、2j,5j。日本で考えられるような安物は殆どプラスチック。眼鏡フレームは日本製が相当量を占めて、値段も高く売られており、価格は欧州品とともに、5j、10j、そして20jクラスもあって意を強くした」。今後の対米輸出には、特色ある製品を強力な販売組織で行なわないと商売は今後難しくなろうとしている。上記の欧州向けと同様に、安物は排してますます製品の高級化が不可避となってきた。

4.おわりに
 この昭和37年は業況が再び軟化した。輸出は増加したものの、内需はプラスチックとのさらなる競合激化、労働力不足、コストアップで利益の上がりにくい業況であった。加工業者がプラスチックに転進することもセルロイドにとってはさらなるマイナス要因となり始めていた。プラスチックでは、「自動射出機、真空成型機などの機械化、量産化が進むが、手作りの労働集的なセルロイドでは、そうはことは運ばず、製品化の面で限界が生じて始めてきた」のである。昭和30年前後にピークアウトした業界は、以来、短期的な好不況はあっても、長期的な下降局面に入っていたのである。

 この稿についても、セルロイド産業文化研究会の大井瑛大阪代表のご点検と追加情報の提供等を頂きました。ここに記して謝意を表します(2019年8月30日)。

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会理事、葛飾区伝統工芸審査委員長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。

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