セルロイドサロン |
第103回 |
松尾 和彦 |
幻ではなかった代用品 |
サロンの66に昭和十三年(1938年)五月六日の大阪朝日新聞夕刊にあります記事で「心配するな我にセルロイド」として「歯磨きのチューブ、足袋のコハゼ、蚊帳の吊り手、襖・扉の引き手」などがセルロイドで作られていると紹介しました。また77でもこれらの代用品の話を紹介しました。 この代用品につきましては色々と調べてみましたが、追跡が難しくて幻ではなかったのだろうかと思っていました。ところが同じ年の七月に発行されました「東京セルロイド普及会案内」という資料を読みましたところ、幻ではなかったことが判明しました。 この資料は「国策への協力」として「代用品はセルロイド」として様々の代用品を紹介しています。この中から代用品の数々を見ていくこととしましょう。 まずは新聞で紹介されました歯磨きのチューブです。「歯磨きその他のチューブは何と言ってもセルロイドにかなふものはありません。品と出来栄えをご覧ください」として透明なもの、不透明なものなどを紹介しています。歯磨きでは一、二を争うライオン、中山太陽堂でも「知らない」と言っていた話ですが、やはり実際に製造していたのです。 次に足袋のコハゼは「真鍮に代わる絶品として、もうどしどし利用されています」としています。以前には評判が悪くてすぐに廃れたと書いたのですが、書き直さないといけないようです。ただしコハゼの数を減らしていったのは事実です。 襖の引き手も実際に作っていました。帽子掛けとともに香気の高い新しい代用品とされています。 このように大阪朝日新聞に紹介されました品々は幻ではなかったのです。この資料には他にも数々の代用品を取り上げていますので、見ていくこととしましょう。 口金、飾り金:ハンドバック、財布などの口金、飾り金は金属製だったのですが、セルロイドに代わって行きました。またそれについています美錠、鎖の類もセルロイドとなりました。これらはその後も長く使われました。 自転車用品:かつての自転車はタイヤを除けばほとんどが金属製でした。ところがハンドル、ハンドルの握り、泥除け、ナンバープレート、番号札、フレーム、フレームの被膜、空気入れなどがセルロイドになりました。 これらは後に金属に戻ったり各種のプラスチックになったりしています。 事務用品:筆箱、万年筆、シャープペンシル、定規類、筆洗い、算盤、クリップなどもセルロイドに変わっていきました。中でも筆箱は、戦後も長い間セルロイド製が使われましたので懐かしむ声が大きいものです。 洗面用品:洗面器、石鹸箱、剃刀の鞘といった洗面用品は完全にセルロイドへと変わっていった例として知られています。とくに石鹸箱は以前には真鍮製だったのですが、今では骨董商品としての真鍮箱を見かけることするありません。 食器類:スプーン、フォーク、ナイフの柄などにもセルロイドが使われました。今では各種プラスチックが使われているのはセルロイドがあったからこその話です。 履物類:革草履の代用品として作られたセルロイド製草履に対しては「これがセルロイドか」と誰もが絶賛、平和回復後に革がセルロイドの真似が出来ましょうか、と最大級の賛辞を与えています。またオールセルロイド製のスリッパに対しても履き心地満点と称賛しています。靴の踵などにも使われました。 傘:傘の握り、下ろくろ、上ろくろ、骨などにセルロイドが使われました。このうち握りは明治二十年代からと最も古く使われました。 医療器具:初期に使用されましたセルロイドとして入れ歯の歯床があったのはよく知られている話です。清潔に出来るセルロイドは医療器具としてうってつけのものであったので、洗眼器、ケースなどとして使われました。 札類:食券、名札、番号札などでプラスチック製以外のものを見ることは現在では珍しくなっています。これも木製、金属製であったのをセルロイドに変えたからです。 これらよりもさらに驚くべき利用法として缶詰の缶が挙げられています。「防湿性セルロイドの完成により一層大きな分野が開かれました」とあり実物の写真も掲載されていることからして、製造されたのは確実です。ただし缶詰こそ幻の品で見たことがありません。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらご連絡をお願いします。またここに列挙しました品々につきましてもお願いしたいものです。 このようにセルロイドは、代用品の先駆けとなりプラスチック全盛の時代を切り開いていく先駆けとなったのです。 |
著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。 |
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