セルロイドサロン
第104回
松尾 和彦
家内工業は辛いよ



  一つの仕事を一家全員で行うという家内工業は、今では一部の業者だけに見られるようになりましたが、かつてはどのような産業でも一般的なものでした。昭和八年(1933年)の大阪市工業調査によると、家内工業もしくは零細工場と言ってもよい従業員十人以下の工場が数においては八割九分、従業員数で七割六分、総生産額で一割六分を占めています。


 セルロイドも例外ではなく、大阪市内のセルロイド製造業に属する工場または職場二百二十九のうち十人以下のものが八割九分となっています。


 特に製品の製造加工業者は殆どが十人以下でした。これらの家内工業業者は従属的な下請け関係を結ばされている場合が多く、労働時間の長さの割に賃金は少ないという辛い立場に置かれていました。

100回目の儲かる商売だったということと矛盾するようですが、こちらもまた真実なのです。


種別 一日労働時間 一日出来高 単位数量 単価 平均日収(男) 〃 (女)
歯ブラシ(型締) 12〜13時間 400〜500本 100本 25銭 1円25銭 56銭
〃(刃引) 3,000本 6銭
〃(荒磨) 11時間 1,500本 7銭
〃(穴あけ) 12〜13時間 1,000本 16銭
〃(植毛) 700〜800本 25銭
〃(毛切) 1,500〜2,000本 10銭
〃(仕上げ) 1,500本 6〜7銭
〃(刻印打) 900〜1,300本 8〜16銭
美錠 13〜14時間 100 1ダース 1.5〜2銭 85銭
万年筆 13〜14時間 25 8〜9銭 90銭 70銭
洋傘握 12〜13時間 20〜25 5〜7銭 70銭 50銭
眼鏡枠 20 8〜18銭 1円7銭 53銭
煙管筒 30 5〜6銭 98銭
櫛(型締、刃引) 12時間 700〜800 1枚 3〜4厘 1円11銭 50銭
〃(歯挽) 700〜800 1〜2厘
〃(先付) 500〜600 3厘
〃(研磨) 700〜800 3〜3.5厘
抜歯櫛 1,000〜1,500 2.5厘
頭飾(厚物) 24〜30 1個 5〜6銭 1円15銭 50銭
頭飾(薄物) 0.5〜2銭
吹込玩具 5〜10 1ダース 20〜57銭 76銭 90銭
押出玩具 10〜20 4〜8銭
靴ヘラ 14時間 20〜27 3〜7銭 96銭 50銭
文房具 14〜15時間 90〜120 一本 2〜3銭 1円33銭
鏡枠 70 一個 2〜3.5銭 50銭
自転車握り 11〜12時間 60〜70 2.5〜3銭 87銭


 表で分かりますように何れの業種においても十一時間以上の労働を強いられている割に収入が少ないのです。
さらに業種によっては殆ど仕事のない時期があって、そのような時には他業種の下請けのようなことを引き受けていました。

 それでは各業種別に見ていくこととしましょう。

歯ブラシ
 歯ブラシは生活必需品であるために季節的変動がなく、比較的安定している業種です。圧搾成型、荒磨、穴あけなどは男、刃引き、植毛、毛切などは女の仕事となっていました。

美錠(バンド留)
 美錠は夏用の装身具として用いられていたために十一月から四月頃までが繁忙期となっていて臨時雇いを入れて働くこともありました。そして閑散期には互いに仕事を配給するという互助会的な慣習が見受けられました。
 行程が簡単であまり技術を必要としないために業者が乱立状態になって共倒れという状況になることが多かったのです。また鏨を使う作業のため女子供には不向きという面がありました。
 そして問屋からの注文を保持するため、また価格を叩かれないために期日、趣向等の約束を厳守するために短期間に大量の仕事をこなしていく必要がありました。

万年筆
 万年筆は熟練の作業員を必要とする上に六〜九月が閑散期となり、他の仕事の下請けを行わざるを得ない状況となりました。
季節性があるために常備の職工を雇うことが出来ないし、職場を手広くすることも出来ませんでした。そのため下請け孫請けとなっていき、下のほうの人々は極めて安い賃金で働いていました。

洋傘握
 洋傘握は十一月〜四月頃が繁忙期となり十二〜十三時間の労働を行います。型締、吹込等の力仕事が多く、二十ダース位の生産となります。男中心の業種のため一日当たり収入は男七十銭、女五十銭と差が大きくなっています。

眼鏡枠
 眼鏡枠を作るときに使用する枠型楔打込式締器は重くて水槽中の上げ下ろしを一日に何回も行わないといけなかったために、男でも四十を過ぎると困難になってくるほどです。
この業界は一人の親方の所で完成品までもっていくということが少なく、製造過程も流通過程も無秩序なものでした。そのため加工賃の価格競争、職人の引き抜きが業界でした。

煙管筒
 煙管筒は地方農村相手の仕事で、盆から秋祭りを見込んだ一月〜四月と正月用品用の九月〜十一月が二大繁忙期でした。


 櫛は生地原価が高い上に電動力を使用するために相当の規模と設備を必要とします。そのため金銭的制約から、なかなか独立することが出来ず同一業者に長年勤め続けることとなりました。

頭飾品
 頭飾品は種類が多く変化が激しいことに加えて問屋からの注文が小口で気紛れとあって規模を大きくすることが出来ませんでした。また仕事が捗らない時には七十銭程度の収入にしかなりませんでした。

靴ヘラ
 靴ヘラは、熟練技術をあまり必要としないために容易に開業できました。ところがそのために乱立状態となり価格競争が起きました。そのために工賃は安く作業時間は長く不規則という状況でした。

文房具
 文房具は工賃が安くて長時間労働を強いられました。また繁忙期とされる九月から三月頃でも月に二十日程度の仕事があるのが普通で、他の仕事を下請けして加工賃を稼いでいました。

首飾り
 首飾りは十人中一人くらいしか独立出来るものがいない業界で、圧搾器を用いる力仕事でした。季節的変動というよりも問屋からの注文が気紛れなために繁閑が甚だしい業界でした。


 このように家内工業は実に辛い立場に置かれていました。それでも職人達は耐えて仕事をこなしていたのです。その努力と忍耐の結果がセルロイドの隆盛と繋がっていたわけですので、先人達に敬意を払うこととしましょう。



著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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