セルロイドサロン 107

セルロイドサロン

第107回

松尾和彦

専売制品だった樟脳

　NTT、JR、JT。この三つに共通するものは何でしょうか。それは何れもかつては「公社」であったことです。日本電信電話公社は東日本と西日本のNTTとなり、国鉄公社はJR各社となり、日本専売公社はたばこ産業となりました。

　日本専売公社は名前の通り専売品を扱っていました。

　この専売制度は古いところでは前漢の武帝(B.C156～B.C.87)が匈奴との戦いで逼迫した財政を立て直すために鉄や塩の専売制を行いました。また三国志で有名な諸葛孔明も塩の専売制度を取り入れています。

　日本では江戸幕府が米、金箔、銅、石灰、高麗ニンジンなどに専売制を取り入れました。また財政に逼迫していた諸藩も採用しました。一番多かったのが紙で長州、徳山、土佐、姫路、津和野など多くの藩で行われました。他には薩摩藩の砂糖、徳島藩の藍などが有名です。

　この専売制は領民への強制的な割り当てや安価な価格での買い上げにつながり、しばしば一揆につながっていた姿を水戸黄門などの時代劇で取り上げています。その徳川光圀の水戸藩でも紙を専売制としたために年貢が増大して一揆が起きています。テレビドラマと実際とは違うものなのです。

　明治維新後の1876年(明治九年)に政府は、たばこに税金を課しました。日清戦争後にたばこ税は改定されて1898(明治三十一年)一月葉たばこが専売品となりました。その後日露戦争の戦費調達のために強化されて製造販売から輸入に至るまで対象としました。

　続いて専売品となったのが樟脳です。樟脳が専売品であった歴史は古く正徳年間(1711～1715)に薩摩藩が行ったのが最初です。1863年には当時の清国政府が台湾の樟脳を専売品としています。日清戦争の結果、台湾が日本の領土になると政府は内地に先駆けて台湾で樟脳の専売制を実施しています。この制度が内地にも適用されるようになっていきました。

　専売制が実施される前の時代には樟脳製造業者は原料である樟の確保に躍起となり、濫伐に次ぐ濫伐を行い神社の御神木までもが伐採されるありさまでした。特に樟が手つかずの状態で残っていた三重と和歌山に業者が殺到して鎮守の森が荒らされて、この地方の神社が激減するという困った事態となりました。

　このようなことになるのも樟脳産業は儲かったからです。明治の初めからの二十年間ぐらいは百斤(約60kg)当たり十三～十四円だった価格が、1891年(明治二十四年)には四十円前後となり、1903年(明治三十六年)には九十円に跳ね上がりました。

　この金の生る木に目を付けた政府は専売制を内地にまで拡大するとともに神社合祀を行いました。これにより七万もの神社が整理され、先の三重では九割もが廃されました。これにより古来から伝わってきた祭礼習俗の多くが失われました。日本人が持っていた自然や神に対する畏怖の念も失われていきました。樟脳の専売制度が思いもかけないところに打撃を与えたわけです。

　その後、樟脳、たばこ、塩の専売を行っていた大蔵省専売局は1949年(明治二十四年)日本専売公社として独立します。この時代には樟脳も煙草屋で売られていたのですが、当時のポスターがセルロイドハウスに収蔵していますのでご覧になってください。また大阪のセルロイド会館は工業用の樟脳を取引していた場所です。

　樟脳の専売制は合成樟脳が出回るようになるにつれて必要性が無くなり1962年(昭和三十七年)四月一日に廃止されました。

　また専売制度そのものも次第に縮小していき1985年(昭和六十年)四月に専売公社が日本たばこ産業となるとともにたばこの専売制度は廃止されました。1905年(明治三十八年)に専売品となった塩は、1997年(平成九年)に専売制が廃止され2002年(平成十四年)に完全自由化されました。他に1937年(昭和十二年)に専売品となりました工業用アルコールも2001年(平成十三年)に廃止されています。

　ところが現在でも一つだけ専売品となっています品があります。それが何なのかは次回のサロンで述べることといたしますので、皆様もそれまで調べてみてください。ほとんどの方は一生に一度も目にすることがないものだけだと答えておきます。

著者の松尾和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。