セルロイドサロン |
第111回 |
松尾 和彦 |
三光丸本舗見学記2010 |
カンファレンスの翌日には岩井館長をはじめとするメンバーが五年振りに三光丸本舗を見学しました。サロンの38に書きましたように三光丸は、かつて紫微垣(しびえん)丸と名乗っていました。紫微垣というのは聞きなれない名前ですが、中国の天文学では天球を三つの区画すなわち三垣に分けていました。太微垣、紫微垣、天市垣の三つですが、紫微垣は真ん中で天帝の在所とされていたために転じて朝廷の意味も持つようになった言葉です。 この名前を現在のものに変えたのが後醍醐天皇ですから、そこから数えても既に七百年近い歴史を持っています。さらに山科言継の日記に出てきたり、織田信長の嫡男信忠が「軍中第一の妙薬とせよ」と言ったなどの記述が遺されています。 これほど歴史の長い会社は珍しく、世界最古の企業としてギネスブックにも掲載されている金剛組(五七八年創業)、世界最古の宿泊施設としてこれもギネスブックに掲載されている法師(七一八年)があるぐらいで、老舗として知られているまるや八丁味噌でさえ一三三七年の創業ですから三光丸本舗が如何に伝統を持つかが分かります。 その長い歴史ゆえ偽薬も数多く明治の頃から現在に至るまで対策に追われています。「三之丸」「三幸丸」「三方丸」など似た名前を使用して「火打石型」と通称される五角形の包装形態まで類似させています。もちろん登録商標、実用新案特許を取得していますので違法なのですが、後を絶たず裁判沙汰となることも珍しくないようです。 この三光丸のことを漢方薬と思われている方が多いのですが和薬です。使われているものはセンブリ(当薬)、オウバク(黄柏)、ニッケイ(肉桂)、カンゾウ(甘草)の四種類で、これに着色材として薬用炭を加えます。 この中でセンブリは日本独特の薬草で千回振り出してもまだ苦いということからセンブリとの名前がつきました。その苦さゆえバラエティ番組などの罰ゲームとして、しばしばセンブリ茶を飲まされる場面が出てきます。 オウバクは名前の通り黄色で染料としても使われています。殺菌力が強いので化学薬品の原料ともなっています。 ニッケイはシナモンとも呼ばれ古代エジプトでミイラの防腐剤として使われていたほどの古い歴史を持っています。飴などにも入れられていますので一度や二度は経験されたことがあるでしょう。 カンゾウは名前の通り甘みを持っていてショ糖の五十〜百倍にもなるほどです。そのため糖尿病患者用の甘味料としても使われています。 製薬会社は何かというと「企業秘密」を持ち出すところが多いのですが、三光丸本舗はオープンにしていまして成分の内容、配合も公開しています。そのおかげでここにも書くことが出来ました。 この三光丸を製造しています米田(こめだ)家は大和越智氏の庶流で、天正年間に越智氏が滅亡すると帰農しました。それ以来、米田家は大和に留まり転居をしていません。約二万平方メートルにも及ぶ敷地はもちろんのこと、目に入る山林の総てが米田家の所有です。 クスリ資料館は平日の九時〜十六時のオープンで入場も無料です。難点は交通の便が悪いことですが、そのような環境ですから薬品を製造するのに都合が良いのかもしれません。一度都合をつけて訪ねられたらよいと思います。 |
著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。 |
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