セルロイドサロン
第112回
松尾 和彦
えっ、セルロイドが重要文化財


 国宝、重要文化財と言ったらどのようなものを頭に浮かべられるでしょうか。多くの方は絵画・彫刻などの美術工芸品、法隆寺、姫路城といった伝統的な建造物などを思われるでしょう。ところがセルロイドも重要文化財に指定されているのです。で、その話をする前に重要文化財とは何かを述べることといたしましょう。

 文化財保護法では文化財を「有形文化財」「無形文化財」「民俗文化財」「記念物(史跡、名勝、天然記念物)」「文化的景観」「伝統的建造物群」の六つのカテゴリーに分類していますが、重要文化財は有形文化財に該当するもので国(文部科学大臣)によって指定されたもののことです。それでは国宝はどうなのかということになりますが、国宝とは重要文化財の中で製作が特に優れたもの、歴史的意義が特に高いものなどで法的には国宝も重要文化財となります。

 重要文化財に指定されるためには先ず文化庁による事前調査が行われます。文化審議会文化財分科会による審議を経て官報に告示するとともに所有者に対して指定書を交付することによって重要文化財として認可されます。

 この重要文化財に指定されているものとしては建造物2,374件、絵画1,969件、彫刻2,647件、工芸品2,423件、書籍・典籍1,876件、古文書734件、考古資料578件、歴史資料161件となっています。かつては明治以降のものに関しては、あまり指定されない傾向がありましたが近年はコンクリート建造物なども指定を受けるようになりました。特に広島平和資料館は戦後建造物として最初の指定となりました。

 二十世紀末頃からは日本の近代化に寄与してきた産業・交通・土木関係の建造物が注目されるようになり藤倉水源地水道施設、碓氷峠鉄道施設などが指定されました。これらは文化庁が定義する「近代化遺産」と呼ばれることがありますが、他に経済産業省が認定する「近代化産業遺産」というものがあります。

産業遺産は単なる一昔前の産業設備として破棄されることも多く「産業遺産」ではなく「産業廃棄物」となっていました。これが変わったのが2007年に設置された産業遺産活用委員会です。有名なものでは横浜の赤レンガ倉庫、富岡製糸場などがありますが他にもゼロ戦、飛燕などの戦闘機、松下の二股ソケットなども指定されています。

セルロイド関係のものではダイセル化学工業の網干異人館が近代化産業遺産として指定されています。



昨年私どもの岩井館長が東京産業考古学会から表彰を受けました。2006年と2010年とには見学していただいております。また日本化学会は「セルロイド工業関連資料」を第二回の遺産認定・顕彰することを決定しています。このようにセルロイドも次第に歴史的・文化的・産業的価値が認められるようになってきました。

 では重要文化財に指定されたセルロイドとはどのようなものでしょうか。これは種明かしをいたしますとセルロイドフィルムです。2009年7月10日には「紅葉狩り」、2010年6月29日には「楠公訣別」が重要文化財に指定されました。前者は1899年、後者も1921年に製作されました映画ですから「紅葉狩り」では既に百年以上が経過しています。そのような長い間保存されていたということからの指定ですが、実は文化財保護法には映画フィルムに関する言及はありません。第二条で建造物、絵画、彫刻、工芸品、書籍、典籍、古文書と続いた後に「その他の有形の文化的所産」とある中に含まれているのが映画フィルムです。

 初期の映画フィルムはセルロイドでしたが、燃えやすいとのことからアセテートフィルムへと取って代わられることとなりました。映画館での火災が多かったのは事実ですが、原因をよくよく調べてみますと取扱いに慣れていない人による事故、あるいは逆に慣れているがための気の緩みなどが殆どです。本当は人災なのですが、それを追求してしまうと防火責任者が首になるのでセルロイドに濡れ衣を着せてしまったのです。

 セルロイドフィルムは、もう一つの人災に見舞われています。燃えやすいもの、危険なものとして次から次に廃棄されていきました。そのため現在では1910年代=0.2%、20年代=3.8%、30年代=10.7%、40年代=29.8%となっています。これはフィルムセンターに収納されている割合ですが残存率と大きく違うことは無いでしょう。

 先の重要文化財に指定されている二本の映画フィルムですが、消防法の規定により市原市の貸倉庫に保管されています。残念ながら関係者以外の方が目にする機会は無いでしょう。

 これから先も重要文化財に指定される映画フィルムすなわちセルロイドフィルムが数多く現れることを願ってやみません。





著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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