研究調査報告書
平井 東幸
「産業史」「工業史」のなかのセルロイド
セルロイド産業史5



 このところ、セルロイドの産業としての歴史を調べているが、セルロイドは最盛期が昭和戦前期であったので、当然ながら文献も新しいものは極めて少ない。今回は、主として戦前・戦後に発行された産業史や工業史のなかで、セルロイドはどのように取り上げられていたかを、以下にご紹介してみよう。


 その前に、いささか旧聞に属するが、月刊誌『イグザミナ』 *(潟Cグザミナ)の2008年3月号に「「セルロイド」産業化100年と関西」が掲載された。編集部が、ダイセル(株)、関西セルロイドプラスチック工業協同組合、宮本順三記念館・豆玩舎ZUNZOを取材して書いたカラ―写真が豊富な7ページの記事。タイトルにあるとおり、兵庫と大阪にセルロイド会社が設立されてから丁度100年、それ以来のセルロイド産業の盛衰を要領よくまとめている。そして「歴史上最初のプラスチックは、量はすくなくなったが、まだまだ健在なのは、オールドファンにとってもうれしいのではないだろうか」と結んでいる。なお、この雑誌は、「関西の経済・政治・社会・文化・・・を読む」という総合誌。勿論、大阪での発行。


 セルロイドの本格製造が始まったのは、周知のように明治の終わりであったが、当時までのことを記した文献としては、どうやら『明治工業史』全十巻のうちの『化学工業篇』*が一番のようである。その後の多くのセルロイド関係の文献がこれを引用している。たとえば、昭和43年に刊行された『現代日本産業発達史 全13巻』(交詢社出版局)のなかの『化学工業(上)』のセルロイド工業の項の前半は、表を含めてそのほとんどを同書によっている。『明治工業史』 の著作兼発行者は日本工學会と啓明会、大正14年の発行。同書の第2編第2節がセルロイド。その歴史を、加工揺籃時代(明治初年から21年)、生地製造揺籃時代(22から41年)、大工場設立時代(41年から45年)と3区分にしているのが、理解しやすい。そして末尾では「大正時代に入り両社共欧州戦乱の影響を享社運俄かに挽囘し、収益も亦少なからず,終に他の工場と共に合同して大日本セルロイド株式会社と成れり。」と述べている。何とも格調が高いではないか。

 以下、刊行順に紹介する。

 大正15年に発行された『日本産業資料体系 第七巻』 では、セルロイド工業として、表を含めて大正前期の生産・輸出入・価格・海外事情について5pの記述がある。海外事情として、戦前には米英仏等は国内需要を賄うに止まり、輸出余力のあるのは独であった。そのドイツも樟脳が日本の特産品なので増産が思うに任せず、このため米独は合成樟脳の開発を進めていると述べている。なお、編纂者は瀧本誠一・向井鹿松、発行は中外商業新報社。
 
 昭和4年発行の『明治大正史 第八巻(産業篇)』 では、繊維素工業の中で1pのセルロイドについての記載がある程度。発行は實業之世界社の明治大正史刊行会。 

 三菱経済研究所が昭和10年に発行した『日本の産業と貿易の発展』 *は733pに及ぶ大著であるが、その「第4部 主要工業」では、化学工業の一つとしてセルロイド工業の生産と貿易が若干の解説を伴って掲載されている。昭和9年には、セルロイド・同製品の輸出額は化学工業製品のなかで医薬・化学薬品、ゴム製品、パルプ・紙同製品、油脂・蝋同製品、人造絹糸に次ぐ規模であり、まさにセルロイド産業がピークを迎えようとしている時代を示している。

 昭和12年刊行の『實業五十年史 第貳巻 工業発達史』 では、セルロイド製造及加工業として1pが当てられて「国産セルロイド工業は素地及加工共長足の進歩を遂ぐるに至り、近年国産セルロイドは主要輸出品の一に算へらるゝに至れり」としている。著作兼発行者は清浦恒通。實業教育振興会から刊行された。

 もう一つは、775pの大著『昭和産業史 第2巻』 *の第10章 セルロイド工業がお勧めだ。執筆者は藤村光三(セルロイド貿易会常務理事)と矢野信雄(セルロイド倶楽部)であり、業界団体関係者であるだけに、簡潔ながらその産業としての歴史をよくまとめている。同書は東洋経済新報創刊55周年を記念して昭和25年に同社が出版したもの。戦後間もなく、物資もなお不足するなかで、よくこれだけ主要業種を網羅した産業史をまとめたものと感心する。


 ここで取り上げた文献一覧

書名 編著者名 発行所 発行年
『明治工業史 化学工業篇』 日本工學会・啓明会 同左 大正14年
『日本産業資料体系 第七巻』 瀧本誠一・向井鹿松 中外商業新報社 大正15年
『明治大正史 第八巻(産業篇)』 野依秀市 實業之世界社 昭和4年
『日本の産業と貿易の発展』 三菱経済研究所 同左 昭和10年
『實業五十年史 第貳巻 工業発達史』 清浦恒通 實業教育振興会 昭和12年
『昭和産業史 第2巻』 東洋経済新報社 同左 昭和25年
『現代日本産業講座 W 化学工業』 渡辺徳二 岩波書店 昭和34年
『現代日本産業発達史(全13巻)化学工業(上)』 渡辺徳二 交詢社出版局 昭和43年
『日本産業史1』 日本経済新聞社 同左 平成6年
『戦後日本産業史』 産業学会 東洋経済新報社 平成7年


 その後の文献としては、『現代日本産業講座 W 化学工業』 (岩波書店 昭和34年)がある。渡辺徳二編であるが、セルロイドについては「・・・戦前、世界第一の産額を示し、そのセルロイド生地も重要な輸出品であった」とわずか2行で片付けられているのは残念だ。
  
 なお、先にふれた『現代日本産業発達史 全13巻』 のなかの『化学工業(上)』(渡辺徳二編)に項目がある。

 また、平成6年(1994年)に日本経済新聞社が創立90周年を記念して発行した『日本産業史1』 では、堺セルロイドと日本セルロイド人造絹絲の設立と、その後の大日本セルロイドへの大合同についてわずか10数行で説明している程度である。

 翌平成7年(1995年)に東洋経済新報社創立100周年記念出版の『戦後日本産業史』*には項目としては勿論のこと事項の索引にもセルロイドは載っていない。まったく、過去の業種となってしまっていたのだろうか(因みに、筆者は同書のなかの化学繊維製造業を執筆した)。

 以上、大雑把ながら10冊の産業史類を探索した結果、次のことが言えそうである。

@ セルロイドについての単行本は、技術書を別にすると、どうやらこれまで刊行されていない模様。
A セルロイドは、これらの工業史、産業史のなかで、一部特掲されている程度である。
B 『ダイセル60年史』*『太平化学製品(梶j50年史』*などの企業史、『硝化綿工業会四十年史』*、『東京セルロイド業界史』*のような団体史、あるいは『昭和玩具文化史』*や『プラスチックの文化史』*『プラスチック工業史』のような関連業界の文献中の当該項目がある。これについてはあらためてご紹介したい。
C 以上のことからも、セルロイド産業はまさに大正、とりわけ戦前昭和の産業であったことが確認できる。
D なお、セルロイドハウス横浜館のライブラリーはセルロイド関係の文献では国内でもっと充実している。その蔵書の一部の書誌はこのホームページで見ることが可能である

 ここで引用した文献の一部(*印のついたもの)は同横浜館が所蔵しているので、ご関心にある向きはお問い合わせいただきたい。ただし、貸出しはしていません。


著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会副会長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。


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