セルロイドサロン
第12回
松尾 和彦
セルロイドとスポーツ
 ゴルフ、水泳、スキー、卓球。この四つには共通点がある。それは何らかの形でセルロイドが関わっている、あるいは関わっていたということである。ではどのような形で関わりがあるのかを順に紹介していくことといたします。

ゴルフとセルロイド
 ゴルフの歴史は古い。1457年にスコットランド国王ジェームズ2世が、ゴルフの流行は国民の武技訓練の妨げとなるという理由で「ゴルフ禁止令」を出したことから、その当時には既にゴルフが行われていたことが分かる。

 スコットランドの東岸には広大な砂丘の草原が散在しているので、この天から与えられた恵みではなく、不毛の土地を有効利用する手段としてのゴルフを考え出したのである。この辺りが天から与えられた恵みをゴルフしか出来ない不毛の土地としている日本との大きな違いである。ゴルフ会員権が一億も二億もしていたバブル時代のことだが、あるスコットランド人がその価格を聞いて「妥当な線だな」と言った。もちろんこの話には落ちがあって、そのスコットランド人はゴルフ場を丸々買い取るための価格だと思ったのである。

 余談はこれぐらいにして、初期のゴルフのボールは革を円く縫い合わせた中に羽毛を堅く詰めたもので、クラブは総て木製で種類も五本ほどだった。このシンプルなスポーツのボールが硬質ゴムとなり、クラブがアイアン、ウッドなど多様になっていくとともにセルロイドとの関わりが生まれてくる。

 現在のゴルフクラブはシャフトがヘッドに差し込まれるようになっている。この取り付け部分のことを「靴下」を語源としてホーゼルといい、次第にゴルフ用語となったがゴルフ規則では「ネック」「ソケット」を使用している。

 このネックソケットの主な役目は見栄えを良くしてお酒落の出来る部分となっているが、エルビス・プレスリーが活躍していた1950年代にはアメリカの黄金時代の名器といわれるクラブの多くが、それぞれ独特の大変にお酒落なデザインのネックセルを各メーカーが考案し装着していた。

 しかし本当の役目はスイングした力をボールに上手く伝えるとともに、人間に与える衝撃は和らげるという仕事である。てこの原理で考えれば、人間がシャフトを握っている部分が力点、ボールが当たるヘッドの部分が作用点、ネックソケットが支点となる。ナイスショットと思ったらすぐそこに落ちていたり、打った目舜間にヘッドが飛んだり、ネックソケットが割れたりしたのではプレーにならない。そのためには力を伝えないといけない、和らげないといけないという相反する二つが要求される。その二つを満足させる素材としてセルロイドは最適なものであった。

 セルロイドの物性値として特筆出来るのは他のプラスチックと比べても衝撃値が第一位で、それも群を抜いているということだ。引張りにも強くてセルロイドは極めて強靭なプラスチックである。だからこそ今でもネックソケットとして使用されているのである。

水泳とセルロイド
 水泳のどこがセルロイドと関係があるのだと言われるだろうが、種を明かすと簡単なもので水中眼鏡、サングラスなどにセルロイドが使われていたのだ。

 水泳というスポーツほど目に衝撃を与えるものはない。強烈な日光、海だと刺激の強い海水、プールだと消毒に使われている塩素、飛び込みのときの衝撃、間断なく目に当たり続ける水の圧力、どれを取っても目に良くないものばかりである。これらを怖れていたらスポーツなど出来ないが、かつて海辺に住んでいた人々に目を患っている割合が高かったのは、これらの衝撃が原因となっている。それならば衝撃を取り除いたり和らげたりすればいいということになって水中眼鏡、サングラスが考え出された。

 水中眼鏡は時として命に関わる。潜水中に眼鏡が外れたり割れたりしたらパニックに陥ってしまう。泳ぎが得意な人でもこうなったらもがいた末に命を失うことに繋がってしまう。そのために水中眼鏡の材質として耐衝撃性、そして透明性が要求された。そのために最適な素材がセルロイドであった。

 マッカーサーが日本に降り立った時、日本人が驚いたものはコーンパイプにサングラスというファッションであった。日本では軍人があのようなスタイルをすることなど考えられなかったからである。今なら誰もがマッカーサースタイルを真似するところだろうが、当時は誰もが生きていくことに必死になっていた時代でファッションなど考える余裕がなかった。そのためサングラスが普及するにはいたらなかったが石原裕次郎がスワンズのサングラスをかけると「太陽族」と呼ばれる人々が、猫も杓子もサングラスをかけるようになった。それらのほとんどが似合っていなかったし、やくざなどが好んでかけていたのでサングラスというものに対して好印象を持たれることはなかった。今のようにUVカットが叫ばれる時代ではなかったのだ。

 先ほどあげたスワンズというメーカーは戦後の一時期にはセルロイドの水中眼鏡を作っていた。そのノウハウを生かしてサングラスを作るようになって現在に至っている。この会社のサングラスをかけて金メダルを取ったオリンピック選手がいる。そして破れた選手は敗因の一つとしてサングラスをかけていなかったことを挙げている。

 このようにサングラスーつで勝敗を分けてしまうほど一流選手のスポーツの世界は厳しいものがある。

スキーとセルロイド
 大阪府のスキー連盟は大阪セルロイド会館の中にある。何となく不釣合いな感じがしてしまう取り合わせだが、かつては深い関係があった。スキーソールがセルロイドで作られていたのだ。

 スキー板となる材料には様々な特性が要求される。先ず苛酷な環境に耐えないといけないし、激しい使用をしても破損するようなことがあってはいけない。スキー板が滑るか滑らないかは結果に直結している。滑らないといけないのだが、滑りすぎては事故になってしまう。変形したりすることもあるので磨きをかけるのだが硬すぎても軟らかすぎてもいけない。粘りが必要だし丈夫でないといけないのだが持ち運びを考えるとある程度は軽くないといけない。加工が容易であるというのも重要な条件の一つである。

 これらの難しい条件をクリアーしていた素材がセルロイドだった。セルロイドというと踏んだりしたら割れてしまうというイメージがあるが、それは人形のように中空であるからで硬質セルロイドが厚い板になっていると丈夫で耐久性に富んでいる。そのため人間が上に乗っても大丈夫である。他の条件も完全ではないが満たしている素材がセルロイドだった。

 そして最後にはセルロイドならではの話がある。何と滑り終わった後に火をつけて燃やしてしまうのである。これはセルロイドならではの最終処分であるが、もちろんこんなことは行うべきことではない。

卓球とセルロイド
 スポーツとセルロイドでの本命は何と言っても卓球である。何しろセルロイドがないことには存在しないのだから。台の中央にネットを張ってボールを打ち合う卓球というスポーツは昼夜、老若男女、場所を問わずに二人以上いれば誰にも出来るし、設備も用具も簡便で安価であるために、一度も行った経験がないという人は珍しい。しかし、バシッ、バシッと火花が出るような打ち合いを行うほど打ち込んだ人も珍しい。間口の広さが逆に本格的に行う人を少なくさせた感じだ。

 この卓球のことをテーブルテニスもしくはピンポンというが、打ち合うときの音がそのまま競技の名前となったという珍しい例である。

 卓球ボールとしてセルロイドが使われるようになったのは反発係数がちょうど適していたからであった。ほんの僅かだけの違いで飛んでいったり弾まなくて試合にならなかったりすることとなるので、これだけ多くの種類のプラスチックが誕生した現在でもセルロイドが使用されている。

 しかし卓球は激しいスポーツでボールには本質的な特性が求められ、厚みに加えて硬度、弾力性に難しい条件が要求されたので硝化綿の選定や樟脳の配合割合などを色々と工夫して変えるなどセルロイド製造現場には大変な苦労があった。

 また一流選手が打ち出すときのスピードは二百キロにも達するのだから、打った瞬間に割れたり変形したりしたのでは試合にならない。そのため耐衝撃性も重要な要素であり、この点もセルロイドが材料として選ばれた理由であり現場が苦心した理由でもある。

 かつてこの卓球ボールは38ミリであったのだが2000年9月からは40ミリに変わった。その理由は僅か数回のラリーで終わってしまっていたのを出来るだけ長く続けるようにとの考えから変更になった。この大きさにして僅かニミリ、重さとなるとコンマニグラムの違いがスピンを二十パーセント、スピードを十パーセントもダウンさせてしまった。特に軽く打ったときと比べて強く打ったときのほうが影響が顕著で打球音が変わる、スピードが出ない、ミスが多くなるといったことになり思いがけない取りこぼしをしかねない。また割れたような音がすることも精神面に影響を与えてしまう。

 40ミリボールは38ミリに比べてやや軟らかいために堅めのラケットだと変形しやすくなってしまう。そのためにラケットもソフトでしなるものが必要となり、切り替えに失敗した選手は低迷することとなってしまった。

 直径40ミリ(2000年9月までは38ミリ)のボールを作るのに四十以上もの工程と四ヶ月もの時間がかかると聞くと誰もが驚いてしまう。また最初から最後まで高度な技術が要求される。先ず第一に均質でなければならないし、厚みも一定でないといけない。あの薄い板にそりを与えることなく凹みやひび割れを生じさせずに真円ボールを作らないといけないのだから、いかに高度な技術が必要となるかが分かる。その割には価格が安いのであまり大事に取り扱おうとしないのは反省しなければいけない。

 現在この卓球ボールは日本では年間二十トン程度の生産量だが、中国では実に八百トンも生産されている。あの小さなボールは三グラムもないのだから個数となるといかに凄い数が生産されているかが分かる。

 このようにスポーツの世界ともセルロイドが広く関わっている。そしてセルロイドが関係しているスポーツには面白い特徴がある。それはゴルフ、水泳、スキー、卓球は広く親しまれていて経験がある人が多いのに本格的に取り組んで記録を作るような人は少ないということだ。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。

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