セルロイドサロン
第128回
松尾 和彦
セルロイドとガラガラ



 生まれたばかりの赤ちゃんの前で親御さんや、家族親類の方がガラガラを振ってあやされているのは何とも微笑ましい光景です。

 ところでどうして赤ちゃんにはガラガラを与えるのでしょうか。実は生まれたばかりの赤ちゃんは視力が弱く、視覚よりも聴覚に頼っています。そのためガラガラのような音がするものが適しているのです。

 このガラガラという玩具は世界中いたるところで遊ばれてきて、時代により国によりそれほどの変化が見られないものです。

 最初は球状の木の実やヒョウタンなどで、音がするように種を残したり、小石を入れたりしていました。古代も現代もほとんど変わっていないというのは実に珍しいケースです。

 ガラガラは赤ちゃん自身が持つものと、大人が振るものとに分けられます。前者は角がないように、飲みこんだり、喉につかえたりしないようにしないといけません。また鉛、カドミウム、クロムなどの毒性がある染顔料を使うことも控えないといけません。



 このガラガラに驚くことに銀製のものがあります。ヨーロッパでは銀製のガラガラに象牙、珊瑚、紅玉などの飾りをつけたガラガラが遺されています。またナポレオンは我が子のために金製のガラガラを作らせたと伝えられています。

 このようなガラガラは赤ちゃんをあやすというよりも、他の人々に見せびらかすという意味合いのほうが強かったものです。

 フランスではマロットと呼ばれる頭部だけの人形のガラガラがあります。回すと音がしたりオルゴールが流れるような構造になっていたりしていて、赤ちゃんが興味を示すように作られています。

 こういったヨーロッパ製のものには様々な種類のマークが付いているものが見られます。それは業者が王族や富裕層のお抱えであったためにブランドといったものがなかったのです。そのために品質を保証する意味でのマークが必要となりました。

 ホールマークは品質保証、タウンマークは検定を行った所、デューティマークは税金を支払った証、デイトレターは検査を受けた年、メーカーズマークが制作した工房の印となっています。



 日本でのガラガラの始まりは、室町時代に京の御所の女官たちが遊んだ紙製のものだと言われています。

 これが江戸時代に入ると曲げ物や木をくり抜いたものに柄を付けたものが作られるようになりました。振ると鈴の音がすることからガラガラと呼ばれるようになったようで、江戸時代の中期の文書には記録が遺されています。その当時にガラガラと呼ばれていたのは幼児相手の音がするもの総てで、でんでん太鼓などもガラガラと呼ばれていました。

 明治になりますとブリキ製のものが現れました。最初は空き缶を平らにした一枚もの、次は二枚を合わせて中に小石を入れたものとなりました。

 明治三十年頃になると竹の輪にブリキを張って印刷したものが現れました。

 日露戦争後には急速に進歩して「笛ガラ」、「面ガラ」、「鈴ガラ」、「風車ガラ」、「チャンチキガラ」など様々のものが現れました。これらの特徴は動きがあるということです。風車はクルクルと回りますし
、チャンバラを行うガラガラなどもあります。

 また明治四十年頃になりますとオルゴール付きのガラガラが現れました。

 これらのガラガラは多くが柄が笛になっています。



 セルロイド製のガラガラが現れたのはちょうど十九世紀から二十世紀に変わる頃でした。大正時代から昭和戦前期はセルロイド製ガラガラの全盛時代となりました。

この時代は美しい音、変わった音を出すことに主眼が置かれました。そのため「ラッパ笛ガラ」、「太鼓ガラ」、「笛入りガラ」などが現れることとなったのです。

セルロイドは、着色が容易で成型加工性に優れているなどの特性を持っているので、多種大量生産に適していました。またセルロイドは赤ちゃんの涎などで汚れてもすぐに洗いおとすことが出来ました。そのため様々な種類のものが市中に現れ、他の材料のものが急速に消えていくこととなりました。

 この時代は別にガラガラだけでなく、セルロイド玩具そのものが全盛で輸出品目の中で上位を占めていたのです。

 全盛期はかなり長く続いたのですが、やはり他のセルロイド製品と同じように戦争によって大打撃を受けました。そして戦後も隆盛の時期があったのですが、各種プラスチックに押される形となり次第に衰退していきました。



 横浜のセルロイドハウスにはセルロイド製のガラガラも数多く所蔵していますが、金型が数多くあるのがより大きな強みです。これによって新たに制作することが出来るのですが、肝心の職人が不足しています。プラスチック関係の職人さん、特に若手の方の中で受け継がれる方が現れていただきたいものです。



二○○七年七月十三日記す


著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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