セルロイドサロン
第13回
松尾 和彦
娯楽の中のセルロイド
娯楽の中にはセルロイドが関係しているものが実に多い。セルロイド開発のきっかけが、象牙に変わるビリヤードボール材料が要求されたためであるということはあまりにも有名だが、他にもパチンコ、トランプ関連用品、サイコロ、マージャン、ドミノ、チップコインなど多種多様です。

ビリヤードとセルロイド
 ビリヤードがどこの国の生まれかはイギリスである、いやフランスだ、十字軍が持ち帰ったなど十以上もの説があります。それと同じようにいつごろ生まれたかも同じぐらいの説があります。それらの中ではっきりと間違いだといわれている説が一つだけあって、古代エジプト説の根拠となっている「アントニウスとクレオパトラ」の中で「ビリヤードをしましょう」というせりふがあります。しかしこれはシェークスピアの時代に既にイギリスではビリヤードが普及していたということを示しているだけのことで、古代エジプトが起源であったわけではありません。この一文のために文豪は誤った説をふりまいた責任者として非難の的となっています。早い話がどれが真実かが全く分からないわけです。

 ビリヤードボールは、かつては総て象牙でした。しかしこれでは高価であった上に狩猟という問題がありました。と言っても今のように自然保護の観点からではありません。
狩りを行う人間の側に犠牲があまりにも多かったのです。一説では象を二頭狩る間に一人が亡くなったと言われています。別に象に殺されたわけではありません。それも理由の一つですが慣れない熱帯での生活でマラリアやデング熱などの疾病に倒れたのです。予防接種も行わずに一攫千金を狙って出かけるという無謀さがたたってバタバタと倒れたのです。

 この間題を克服して象牙に代わる新しい材料を発見したものには一万ドルを与える、というセンセーショナルな広告が掲載されたのは一八六三年のことでした。この金額は今では一千万ドル(約十一億円)にも相当する破格のものです。

 印刷工であったジョン・ハイアットが見事に栄冠を勝ち得たのは一八六八年のことで、セルロースと…に似ているという意味のオイドとを合わせて「セルロイド」と名づけました。ただしこれには異論があってアレクサンダー・パークスの方が先に発明していたとも言われています。

 とにかくこうして生まれたセルロイドは、それまでは高価であったことから王侯貴族など上流貴族の遊びであったビリヤードをより身近なものにしました。そして象牙色一色であったボールをカラフルなものとする役目も果たしました。

 しかしビリヤードボールに要求されるのは着色が容易であるということではありません。温度や湿度の影響を受けない、衝撃に耐える、反発係数が高すぎず低すぎずの範囲にある、真円への精密加工が容易に出来る、保存が利いて変質しないなど数多くの難しい条件が要求されます。

 セルロイドはこれらの条件を百パーセントではないが満たしていました。また象牙の代用品として考えられたのであるから乳白色で年輪模様のあるものも作られたのです。そのために長い間ビリヤードボールとして使用され続けましたた。ただし欠点があって夏場などのように暑い時に玉を突くとその瞬間にバンという音がすることがあったようです。またいわゆる汗をかいたような状態になって変色するということがあったので今では他のプラスチックが使用されることが多くなりました。

パチンコとセルロイド
 パチンコぐらい単純なものはありません。様々の改良が加えられ今ではコンピューターゲームといっても良いのですが、早い話が鉄の玉が穴に入るか入らないかそれだけのことです。その簡単さゆえに爆発的に普及もしたし息が長くて、やらない人間にはどこが面白いのかさっぱり分からないのだがファンはついつい熱中してあっという間に何千円も何万円も負けてしまいます。こうして毎年発表される高額納税者番付(俗に言う長者番付)にパチンコ関係者がずらりと並ぶことになるというわけです。パチンコで儲けたかったらパチンコ屋を経営するのが一番の手ということに他なりません。

 このパチンコ台の化粧板に使用されているのがセルロイドです。パチンコ台には数多くの釘が打ち込まれるので割れたりひびが入ったりするようではいけない。パチンコ玉が途中で引っかかったりしないように滑りが良くないといけない。薄く軽く均一に成型出来るという特性が要求される。客の目を引くために派手な絵を描くので着色が容易でないといけない。
 このような条件を総て満たしているのがセルロイドで、今でも年間約五十トンがパチンコ台の化粧板として使用されています。このように利用されるようになるまでは製造現場の大変な苦労がありました。薄く平たくしていく時にナイフで切ったような細い筋が残ることがあって、アセトン等の溶剤で表面を溶かして消す方法を採っていたこともありました。しかし0.09ミリメートルという薄物加工に成功したので使用されるようになっていきました。これだけの条件をクリアー出来たのはセルロイドの練り餅の硬度を一定にする。ロール工程で均質になるように作業を進めるなどの長年の経験と熟練とを必要とする技術があったからだからこそのことです。

 今度、パチンコをされるときにはこのような現場の苦労があったということを思い出してみてください。

トランプ関連用品とセルロイド
 トランプぐらい多様な遊びが出来るものはありません。少し考えただけで七並べ、バパ抜き、神経衰弱、ブリッジなどが思いっきます。またラスベガスの定番の一つでかつて暴れん坊と言われたK.ハマダなる政治家がバカラというゲームで五億も負けて、その金を政商に払ってもらって話題になったことを覚えている方も多いことでしょう。

 このトランプカードには紙とともに最近ではプラスチックが使われている場合が多い。
さすがにセルロイドトランプは少ないがそれでも時折り市場に現れる場合があるので見つけた場合にはためらうことなく手に入れるようにしてください。

 ところでこの項目の題名をもう一度見てください。「トランプ用品」と書いてあるはずです。こうなると一気に範囲が広がってトランプのケース、ゲームのカウンター、掛け金代わりのチップコインなど多岐に渡ります。

 それらのいずれにもセルロイドが使用されていますが、使われるようになった理由はやはり着色が容易である、加工が簡単である、軽い、価格が安いなどの条件をセルロイドが兼ね備えていたからに他ありません。

サイコロ、マージャン、ドミノとセルロイド
 パチンコ、トランプなどに使われているセルロイドが薄物であるのに対してサイコロ、マージャン、ドミノなどには厚物のセルロイドが使用されています。

 六面の立方体を転がして遊ぶサイコロは自分の思うようにならないものの代表の一つとして古くから知られています。ギリシャ時代の遺跡からも発掘されていて、日本でも天武天皇の時代に禁止令が出ているところから、当時既に伝わっていたことが分かります。

 双六などの駒を進めるために子供が転がすかと思えば、時代劇でおなじみのインチキ丁半博打、あるいは軍隊の図上演習などでもサイコロが使われています。それもこれもどの目が出るかわからない偶然性に支配されるからに他ありません。ただしそのようになるためには正確な立方体として角も総て同じ割合で削るという高度な職人技が要求されます。

 このサイコロの材料としては骨や象牙、木、時には大理石などが使われていたのですが、ここでも安価である、成型が簡単であるなどの特性によりセルロイドが使われることになりました。今ではプラスチックや硬質ゴムなどが使われていますが、材料が何であるにしろあのような小さなものに金をかけたりするようなことはしないようにすることです。

 マージャンという遊びぐらい人によって好き嫌いがはっきりしているものも珍しいでしょう。好きな人は徹夜してでも遊ぶし、嫌いな人はあんなガチャガチャガチャガチャ五月蝿いだけのもののどこが面白いのか、さっぱり訳がわからない代物です。

 このマージャンは骨牌と書くとおり昔は骨で作っていました。もちろん象牙も使用されていました。そのために象牙の代用品であるセルロイドが早くから使われるようになりました。ただし初期のものは竹で作ったものにセルロイド板を張り付けるというものでした。その後、総てセルロイド製のマナジャン牌が使われるようになりました。

 ドミノは遊びそのものは日本では一般的ではありませんが、ドミノ倒しはお馴染みです。次々に倒れていって様々な模様を描き出す様子はまるで生きているかのようで、息をつく暇もないほどの鮮やかさです。このドミノも骨、象牙などが使われていたのがセルロイドが代用品となっていった例の一つです。

 このサイコロ、マージャン、ドミノなどは先ほども書きましたとおり厚物の硬質セルロイドを使用している例です。

 厚物は充分に乾燥をしていないとひび割れたり、反ったりしてしまうために厚み一ミリにつき十日間の乾燥が必要とされています。そして特にドミノにおいては正確な成型がなされていないと、あのように見事に倒れてくれないので職人芸が必要とされます。

 このように娯楽の中には色々な形でセルロイドが使用されていましたが、今では殆どがプラスチックに取って代わられ工場での機械による大量生産となってしまいました。

 しかしセルロイド製の娯楽用品を見つけたときには先人の苦労があったことを偲んでみてください。そしてあくまで娯楽として楽しむようにして賭けなどの対象とはなさらないようにしてください。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。

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