セルロイドサロン
第130回
松尾 和彦
日米経済摩擦の中にあったセルロイド



 現在TPP(Total Pacific Partnership)の論議が盛んに交わされていて常にトップニュースとなっています。
 日本とアメリカとの経済摩擦は今に始まったことではなく、ペリーの時代の日米和親条約、日米修好通商条約あたりでも起きています。アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダと結んだ安政五ヶ国条約は領事裁判権を認めていた、関税自主権が無かったなどの不平等条約であったために独断で結んだ井伊直弼が暗殺されるに至ったと言われていますが、実は井伊は独断で結んだりはしていません。また不平等条約であるとは幕府側はもちろんのこと、討幕側も問題にしていません。
 先ずこの条約を結ぶにあたって井伊は朝廷に岩瀬忠震を送って伺いを立てています。ところが朝廷側の方が岩瀬の地位が低いことを問題視して面会しようとしませんでした。そのたるこのままではとんでもない条約を結ばされるのではないかと思って結んだのです。問題があったのは井伊を中心とする幕府側ではなく、おかしな面子を盾にした朝廷側だったのです。
 次に不平等性ですが領事裁判権の存在により外国人が好き勝手をしていたかというと日本側の法律を守っていました。外国人が犯罪を犯した例はありますが何れも日本側の納得がいく判決が出ています。関税自主権の件も、これによって物価が高騰したり国内産業が打撃を受けたりはしていません。むしろ極めて適切な税率であったので助かったほどでした。また不平等性は日本側にだけあったわけではなく、外国人側にも決まった場所にしか住めない、旅行が出来ないなどの問題がありました。
 不平等条約であると問題にしたのは明治になってからで、幕府を倒した尊皇の志士達が作った政府としては幕府時代のものは総て「悪」だったのです。そのため学校でも「井伊直弼の独断によって結んだ不平等条約である」と教えました。それが今でも続いているというわけです。

 第一次大戦の頃までは比較的良好であった日米関係ですが、日本の年号で言えば大正期の終わり頃からおかしくなります。移民制限を目的としたカリフォルニア州法が成立したり、人種差別政策が激化したりしていきました。

 そのような時代背景化にあった1930年(昭和五年)6月、アメリカの上下両院協議会に於いて日本製セルロイド玩具への関税が改正されます。

. 改正前 改正後
運動するもの 従価七割 従価六割、一個につき一セント
運動しないもの 従価六割 従価五割、一個につき一セント
手足など部分品 従価六割 従価五割


 一見すると税率が下がったように見えますが「一個につき一セント」という曲者がいます。これに従って一グロス(十二ダース)当りで計算してみますと次のようになります。(ただし十インチのみ一ダース当たり:単位円)

一インチ 二インチ 五インチ 八インチ 十インチ
平均値 0.40 0.72 4.45 12.65 2.17
現在率(七割) 0.28 0.50 3.12 8.85 1.52
0.68 1.22 7.57 21.50 3.69
改正率(五割) 0.24 0.43 2.67 7.59 1.30
一セント値 2.88 2.88 2.88 2.88 2.88
3.52 1.03 10.00 23.12 6.35
差増 2.84 2.81 2.43 1.62 2.66
増加率(倍) 4.17 2.30 1.32 1.08 1.72


このようになりますから小さなもの、つまり価格が安いものでは実に四倍以上になってしまいます。影響は甚大なものがあって比較的増加率の小さな四インチ以上の製品でも対米輸出が五割前後も落ち込んでいます。小さなものでは壊滅的だったことでしょう。そのため日本はアメリカ以外の国、特に中南米に輸出先をシフトしていくこととなりました。

 関税が戦前の経済摩擦なら、戦後のものは何と言ってもトーマス・レイン議員による日本製セルロイド玩具輸入禁止でしょう。
 この話を持ち出した背景には塩化ビニール業界からの献金があったと言われていますが、本当のところは分かりません。しかし塩化ビニールの製造が本格化し玩具にも使われるようになった時代でした。
 こちらの影響も大きく日本国内の百貨店からセルロイド玩具が消えてしまいました。そして小売店へとシフトしていくこととなりました。

 このように日米はある時には協力しある時には対立して経済摩擦を起こしています。この関係はおそらく今後も続くことでしょう。しかしかつてのようにおかしなことにはならないと思います。


著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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