セルロイドサロン
第133回
松尾 和彦
スカイツリーとセルロイド



 去る5月22日、いよいよ待ちに待ったスカイツリーがオープンしました。634メートルという世界一の高さを誇る電波塔の出現は周辺の環境を一変させました。この一帯は川向うにある浅草などと違って観光客は殆ど立ち寄らないところでした。ところがスカイツリー本体だけで年間550万人、周辺も含めると3000万人近くもの人々が押し寄せるとの試算がなされています。この数字は一つの建造物としては空前絶後と言ってもいいものです。仮にこの人数が2000円ずつ使うとすると600億円となり、スカイツリーの総事業費にも匹敵する数字です。

 ただしその巨大さゆえに問題点も多く地元の商店は一店も入居しませんでした。理由は墨田区の平均単価に比べて三〜五倍にもなる家賃の高さです。また違法駐車駐輪、ごみのポイ捨て、夜間騒音、他人の敷地への侵入といった問題が早くも表れています。モラルは守りたいものです。

 この辺りはかつて古今亭志ん生が住んでいたところですが、低湿地であるためにナメクジが大量発生して毎朝杓で掬ってはドブ川に捨てに行っていた話が「貧乏自慢」に出てきます。観光客が訪れることなどまず無かったこの地に新シンボルが出来たことに地元の人は半ば歓迎、半ば当惑しているようです。


 人間の高いところへの憧れはバベルの塔のように聖書の時代からあります。出来るだけ高いところへ行くことにより神へ近付こうとしたのでしょうか。

 世界で最も高い建物はB.C.2650年頃に作られたジョセル王のピラミッドから始まるとされています。その時の高さは62メートル。スカイツリーに比べると十分の一以下です。それでも当時の人々にしてみれば巨大な存在でした。何しろそれまで最高はエリコの塔の8.5メートルだったのです。その後、クフ王のピラミッド(146.5メートル)が四千年近くも世界一の座を守り続けます。有名なエッフェル塔が300メートル、エンパイアステートビルが400メートル、オスタンキノタワーが500メートルを越えると、ブルジェ・ハリファが830メートルというとてつもない記録を打ち立てます。やがて1000メートルを越えることになるでしょう。



 このスカイツリーとセルロイドとが意外なつながりがあります。と言っても直接的なものではなく「こじつけだ」と言われかねないものですが、サロンの49回で紹介したように近くには隅田川七福神巡りがあります。縁起物としてセルロイド製の人形も売られていたことでしょう。その中の白髭神社の近くにかつて日活の撮影所があったことをご存知の方は少ないでしょう。この向島撮影所は関東大震災により僅か十年で閉鎖されます。大正時代のことですから映画フィルムはセルロイド製だったのです。

 また124回には亀戸の永峰セルロイド工場に渡辺政之輔が勤めていた話を書きました。

 このようにスカイツリーの近くにはセルロイドと関係のある話が転がっているのです。



著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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