セルロイドサロン
第135回
松尾 和彦
職人気質


 職人という言葉には独特の響きがあります。頑固、融通が効かない、人との和に欠けるなどのマイナスイメージもあれば、技術力がある、仕事をやり遂げる、完璧を目指すなどのプラスイメージもあります。

 よく職人を訪ねる企画がありますが、多くは愛想の無い対応をされます。そして小さな家に住んでつつましい生活を送っています。労働者にはこのようなタイプの人が多いようです。

 一方、商売人は愛想が良くて調子を合わせてきます。人を持ちあげることが上手くて取り入ってくるので、資金援助などを受けられて豪邸に住んでいます。使用者側に多くいるタイプです。



 セルロイド業界にも職人と呼ばれる人は数多くいました。例えば重労働の代表であったロール工は60キロ以上もある塊を一日中持ち上げていました。重い上に熱いときていますから手はたちまち火ぶくれとなって皮が剥けてしまいます。手助けを頼もうものなら「一人でやれ」と怒られます。少しでも遅れると「もたもたするな」。下に落そうものなら大変です。

 サロンの124で取り上げました渥美清こと田所康雄は体格の良さをかわれてロール工となりましたが、持病が多くて丈夫でない上に怠け癖があったのでセルロイド業界には向かない人物でした。

 着色をする人は染顔料を量って入れているわけではなくて目分量です。それでいて量ったよりも正確に色が合います。



 製造者側ではなくて加工者側にも職人はいます。その一人が今でもセルロイド人形を製作している平井英一氏で、先日セルロイド産業研究会の面々が平井氏の職場を訪問しました。

 ところが職場といっても自宅の一部を使っての仕事で特に吹き込み成形は小屋のようなところで行っていました。熱く焼けた鉄板の上に載せた金型を自在に扱ってセルロイドシートを挟み込み空気を吹き込んで形を作る。文章にすればこれだけですが、夏ともなれば50度を越そうかという熱気の中で重たい金型を扱うのは大変な重労働です。時には酸欠になって意識が遠のくこともあるそうです。成型した後は水をかけて冷却して取り出すのですが、作業後にはその水が湯になって風呂となるという話も大袈裟ではありません。

 平井氏はこの作業を一人で行っているまさに職人です。



 続いて訪れました金型成型メーカーのカミジョーでも職人に会いました。先代である父親とともに仕事を行っていた方で、かつての金型成型の話を伺いました。

 お土産として好まれた人力車に乗った芸者、アメリカンコミックの主人公、フランス人形、イチジク浣腸などの金型を作った話を典型的な職人口調で話される方でした。

 その後、職場訪問となりましたが、失礼ながらここも小さな薄暗い職場で職人は行っている仕事の割に報われないということを立証しているようでした。



 このような職人気質、使用者側との貧富の差は、しばしば労使紛争の種となります。渡辺政之輔は労働運動に走りましたし、林芙美子はごまかしを行っていました。豊田正子は大人の世界の汚さを思い知らされ高峰秀子と衝突し共産党に走りました。

 またセルロイドメーカーでは労使紛争が多発し、しかも長く続きました。



 このようなプラスマイナス双方を持ち合わせた職人気質も最近では失われつつあります。しかし職人を大切にしない国に未来はありません。これからも職人並びに職人気質を大切に守っていきたいものです。





著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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