京都広隆寺の弥勒菩薩像、奈良法隆寺の観音菩薩像二体、奈良中宮寺の菩薩像、和歌山道成寺の千手観音菩薩像・日光月光菩薩像。これらの共通点は何でしょう。国宝というだけでは半分正解です。何れも材質がクスノキの国宝である、と答えると完全な正解となります。
仏像の材質としては白檀が最高級なのですが輸入品で高価だったので、初期はクスノキ、後にはヒノキが使われました。この両者はともに香りが高いので信仰心を駆り立ててくれました。
クスノキは寿命の長い木で大木となります。そのため全国の巨樹五十位までのうち三十二本がクスノキとなっています(サロン9参照)。ただ枝分かれが多くて真っ直ぐな材が取りにくいのと火災になった時のことを考えて建築材料としてはあまり一般的ではありません。ただし寺社には多く用いられました。
クスノキは巨樹となりますので御神木、御霊木として信仰の対象となりました。鹿児島の蒲生八幡の日本一の巨樹はあまりにも有名です。また福岡の宇美八幡、愛媛の大山祇神社などにも多くのクスノキが見られます。
面白いのが静岡の来宮神社の周囲24メートル、高さ26メートルの巨樹で一周すると寿命が一年延びるという言い伝えがあります。ここで珍現象が起きたことがあります。煙草が大幅値上げされた2010年には二ヶ月の間に禁煙祈願の参詣者が殺到したのです。
鎮守の森と言われるように神社の周りにはよく森が見られます。関東以北ではスギやヒノキのところもありますが南西日本ではクスノキが圧倒的です。
この鎮守の森が危機に瀕したことがあります。1906年に出された神社合祀令は表向きは神社の数を減らして残った社の権威を高めるというものでしたが、内情は重要産品となっていた樟脳の材料である鎮守の森のクスノキでした。この合祀政策の影響は大変なものがあり1914年までに全国二十万社のうち七万社が取り壊されました。特にクスノキの主産地であった三重、和歌山では実に九割もが廃止されるという事態となりました。
先の来宮神社の巨樹もこの時に伐り倒される危機に見舞われました。ところがどこからか現れた白髪の老人が手を広げたところノコギリが折れてしまいました。そのために難を逃れたというわけです。
神社だけではなく寺にもクスノキが多く見られます。中でも善通寺の大クスノキは弘法大師生誕時には既に大木であったことは以前にも述べました。また仏壇にもよく用いられています。
このようにクスノキは古来より信仰心と深く結びついていますので今度見る時には一度手を合わせてから見るようにしていただきたいと思います。
今回をまとめるにあたりまして法政大学出版局、吉武利文著、香料植物を参考とさせていただきました。
|