セルロイドサロン
第174回
松尾 和彦
公定価格が生んだ珍品、粗悪品

 昭和十四年(1939年)九月十八日、通称マル停と呼ばれる価格等統制令が施行されます。続いて翌年の八月二日から始まったマル公こと公定価格は昭和二十五年(1950年)七月三十一日まで続きます。戦争による物資不足、戦後の経済混乱による価格統制ですが、この公定価格は政府の方針によって決められたものですから実情と合わない点が多く、メーカーにとってうまみがないものでした。

 セルロイドも例外ではなく生地の品種ごとに価格が決められ、棒・パイプ、生地の削り厚、張り合わせにまで及び、製品や屑にまで公定価格が決められました。しかも昭和二十一年(1946年)にこまごまと決められた公定価格は廃止されるまで改定がなかったのです。
 戦後の物価変動はすさまじいものがありセルロイドも例外ではなく、生地価格(白無地を除く単色)が1Kg当38.2円だったものが430円になってももとのままでした。また製品にどの生地を使用しても同一価格でした。下に昭和二十三年(1948年)七月当時のセルロイド公定価格表を表示しましたのでご覧になってください。

表1. セルロイド生地公定価格 昭和二十三年七月

分類   品目  公定価格(円)
 1号品  単色(白無地除)  430
 2号品  透明(色透明含)、白無地、組立溶板、茨斑、甲斑、潰茨斑  462
 3号品  植込甲斑、変斑  537
 4号品  縞板、杢板(象牙含)、真珠、高級透明、高級単色  661
 5号品    779
 耐酸一号    665
 特殊透明    715
 屑    176


 これに対するセルロイド製品価格は以下の通りです。

表2. セルロイド製品価格

 品目 重量(g)  製造者価格(打/円)   卸価格(打/円)  小売価格(個/円)
 人形  11.00〜220.00  19.36〜587.48  22.84〜693.21  2.40〜73.90
 湯桶  163.70   245.89  282.77  29.50
 石鹸箱  21.30〜47.00  42.10〜73.19  48.42〜84.17  5.00〜8.80
 筆箱  25.20〜55.00  46.43〜92.25  53.40〜106.10  5.60〜11.00

 計算していただければわかるのですが、湯桶にKg当り430円のセルロイドを163.70g使用しますと70.39円となり大赤字です。さらにこの価格は重量によって決められています。そのため石鹸箱では水切り用の穴を開けていません。面取りもガラ、バフもしていません。そうやって少しでも重くしようとしたのです。手間をかければかけるほど価格が安くなり粗悪な材料を使えば高価格となって儲かるという珍現象が起きたのです。そのため町に珍品、粗悪品があふれるという事態となりました。それでも作れば売れるという時代でしたので飛ぶように売れました。

 この時代にはセルロイド業界にとって物品税というもう一つの困った問題が生じていました。政府が財源確保として行う手っ取り早い手段は常に増税です。戦後復興として登場した物品税はセルロイド製品にも及び以下のように課税されました。

表3. セルロイド製品への物品税    

 物品  昭和21〜24年 昭和25年〜
 玩具(40円以上)  30%  80円以上が30%
 卓球  30%  20%
 万年筆  20%  10%
 櫛、ピン、メガネ枠、石鹸箱  20%  免税
 水筒 20% 免税
 定規、計算尺、筆入れ 20% 免税

 こんな出鱈目な政策でしたので廃止された時には誰もが暗雲が晴れた思いがしたということです。

 このように戦後の混乱期はセルロイド価格も混乱していて、その結果珍品、粗悪品があふれましたが、そのような品でしたので直ぐに壊れたりして使い物にならなくなりました。そして僅かに生き残った珍品、粗悪品が現在では高価格をつけるというこれまた珍現象が起きています。


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