セルロイドサロン
第186回

セルロイドハウス横浜館評議員 神奈川大学名誉教授
工学博士 大石不二夫

合成樟脳を紹介しましょう!〜内外の文献調査等から〜
 セルロイドの製造には、主な原料として綿の実と樟脳(ショウノウ)が不可欠です。プラスチックは、その原料のほとんどが化石燃料の石油であることはご存じですね?ところがセルロイドは、天然由来の原料から造られます。ただ硝酸(難燃化するには酢酸)も必要です。セルロイドは綿の実から木綿繊維や綿実油を取り除き、残りの短繊維のセルロースに酸を加えて、ニトロセルロースや酢酸セルロース(不燃セルロイド)にします。
 次いで第2の原料である樟脳は、プラスチックの可塑剤のような役割を持ち、クスノキより得られる「天然樟脳」と、天然化学物質を出発原料として化学反応により製造される「合成樟脳」があります。
 ここでは「合成樟脳」を採りあげ、内外の文献を調査した結果から紹介しましょう。なお、合成樟脳の文献調査の結果の詳細は、セルロイド研究調査報告18号(合成樟脳に関する文献調査)をご参照いただきたい。

T 単行本はあるだろうか?
 合成樟脳に関してまとめられた本としては、小野嘉七著「合成樟脳」が代表的です。この本の第1編第2章「樟脳の合成」から引用して、樟脳の合成法を紹介します。

         ―樟脳の各種合成法―
 樟脳の製造法はその出発原料により、以下の方法が試みられてきた。
1. p‐サイメンより
 p‐サイメンをクロム酸で酸化して樟脳を得た。酸化亜鉛も用いられた。
2. リナロールより
 リナロールに粉末アルミニウム、リナローレン、ボルネロールなどを加えて樟脳を得た。
3. ホモ樟脳酸より
 ホモ樟脳酸の鉛塩を熱して樟脳を得た。また、カルシウム塩の乾留で樟脳を得た。さらに、ホモ樟脳酸を酢酸で環化して樟脳を得た。
4. α‐カンフォレン酸より
 α‐カンフォレン酸に酸化銀を加えて樟脳を得た。
5. カンフォール酸より
 カンフォール酸からベンジリデン・カンフォール酸をへて樟脳を得た。
6. 樟脳酸より
 樟脳酸より樟脳を完全合成した。
7. カンフェニロンより
 グリニヤール試薬を用いてメチルカンフェニロールとし、これを脱水してカンフェンをへて樟脳を得た。
8. 樟脳キノンより
 d‐キノンを1‐樟脳とした。
9. ノビノンより
 ノビノンをβ‐ピネンとした。
10.カンファン‐2‐カルボン酸より
 塩化ボルニルをへて樟脳を合成した。
11.イソボルネオ−ル・エーテルより
 カンフェンを濃硫酸の存在下で無水アルコールと熱してイソボルネオ−ル・エチルエーテルを得た。これを硝酸で酸化して樟脳を得た。
12.亜硫酸廃液より
 亜硫酸廃液ボルネオ−ルを酸化して樟脳を得た。
13.天然ボルネオ−ルより
 シベリア産の針葉油やトド松、エゾ松からの針葉油から樟脳を得る方法の特許がある(本邦特許76666)。
14.ピネンより
 本書が執筆された当時の合成樟脳の工業原料は主としてピネンであった。ピネン→ボルニルエステル→ボルネオ-ル→樟脳 あるいは ピネン→塩化ボルニル→樟脳 などの反応工程がある。

U 世界の研究論文
 SciFinderという世界の文献検索システムを用いた調査の結果の要点は以下です。

その1.検索Key words:camphor/chemical synthesis
 総文献数として134件が検索された。そのうちかなり有効なもの:9件(総論的なもの:5件)であった。今日の新素材関連のものが多い。
その2.次の検索Key words:camphor/chemical/synthesis method
 総文献数として24件が検索された。そのうち関係があるもの:3件。いずれも樟脳の誘導体の合成法。関係がほとんど無いもの:21件。
 次にその中から、主なものをセルロイド研究調査報告18号に紹介した。
 今回の調査結果から、古代エジプト、バビロンにおける黒死病(ペスト)用くん蒸剤として樟脳が用いられていたことや、ナノダイヤモンドやカーボンナノチューブなど今日の先進材料の製造原料に、樟脳からの誘導体が活用されていることも分かった。このように「樟脳は古くて新しき物質である」と筆者は考えている。

V 井本稔先生の『合成樟脳の製造に就いて』の要約
 合成樟脳に関する本格的な文献は、戦後の高分子分野をリードした井本稔先生の『合成樟脳の製造に就いて』である。筆者の生まれた1年後の昭和16年に、同氏の講演内容が、大阪化学会誌第1号に掲載された。簡明に要約してセルロイド研究調査報告18号に紹介した。ここでは、興味深い部分を紹介する。

 1.プロローグから
 天然樟脳はわが国(当時は台湾を含む)にのみ産出する。一方、ドイツにて確立された合成樟脳は、米国・フランス・スイス・イタリヤ・ソ連にて製造され、年間の世界の樟脳需要量約1万トンを、天然と合成の両者で折半している。
 天然粗樟脳のわが国の産出量は、昭和10年度の約0.6万トンを頂点として下降しているが、使用量は、昭和8年度(約0.38万トン)から昭和12年度(0.46万トン)までの期間は、ほぼ直線的に増加している。樟脳の用途はセルロイド用をはじめ精製樟脳・フィルム用・ボルネオ−ル原料などである。この需要の増大と戦乱などによる産出の減少との間隙を埋めるため、合成樟脳工業の確立が求められる。そこで、われわれは樟脳の合成による製造法を試みた。

 2.樟脳の合成による製造法から
 合成樟脳の製法は次の2つの方法が代表的である。ひとつは「塩酸法」、もう一方は「有機酸法」である。前者はドイツ・米国で採用され、後者はフランス・ロシアにて発達した。
 「塩酸法」:α‐ピネンを出発原料として、これに塩酸を加えて塩化ボルニルとし、脱塩酸してカンフェンを得る。これに酢酸を加えて酢酸イソボルネオールとし、鹸化してイソボルネオールとし、さらに酸化して樟脳を得る。米国ではカンフェンを出発原料にしている。
 「有機酸法」:α‐ピネンに酢酸などを加えて有機酸ボルネオールエステルとし、これを鹸化してボルネオールとし、さらに酸化して樟脳を得る。樟脳の収率が低く、テルペン類など副産物が多量に生ずる。
α‐ピネン原料には世界年産八万トンのテレピン油(ほぼ純ピネン)が用いられる。

 3.研究成果から
 酢酸法にてピネンより合成ボルネオールの製造に関して、以下の4法について研究を行った。1)ホウ酸の存在下、無水酢酸の作用 2)酸化ホウ素の存在下、酢酸の作用 3)ホウ素酢酸無水物の存在下、酢酸の作用 4)無水酢酸および酸化ホウ素の存在下、酢酸の作用。
 結論として、4)方法が最も優れていた。
 反応の結果と反応機構については、セルロイド研究調査報告18号をご参照ください。

 4.緒言から
 合成ボルネオールの製造に関する基礎的研究が終了し、引き続き中間工業的規模の実験でも同様の結果であり、酢酸法により工業化が可能と認めた。

W その後の合成樟脳の研究

 第2次世界大戦後の代表的な研究例としては、村上恭平氏によるテレピン油からの樟脳の合成がある。ここでは以下に文献を紹介する。
第1報 塩酸ピネンの製造:有機合成化学協会誌;Vol.8,No.8,31-35(1950)
第2報   〃   精製:    〃    ;Vol.8,No.9,32-34(1950)
第3報 カンフェンの製造:    〃    ;Vol.8,No.10,43-47(1950)
第4報 イソ龍脳の合成 :    〃    ;Vol.9,No.1,29-32(1951)

X 最近の樟脳合成法
日本精化潟zームページから紹介する。



あとがき
 以上が「合成樟脳」に関する文献調査の結果の紹介です。
 プラスチックの元祖であるセルロイドの生産が、国内ではほとんど無くなりました。それに伴って、副原料である「樟脳」の生産は、天然も合成も激減しました。しかし、防虫剤やアロマセラピーの香油などの用途には活用されています。また、樟脳の誘導体は新素材の原料として注目を集めています。あとは、日本精化鰍ネど現在も合成樟脳を製造しているメーカーへの現地調査が残されています。

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