セルロイドサロン
第200回
松尾 和彦
百年前の世界

 月日が経つのは早いと言いますが、今年も最後の月となりました。2016年もあと一月です。新世紀の到来だと言っていた2001年も随分と前の話になってしまいました。十年ひと昔と言いますが十六年も一昔ですね。でも百年となると一昔ではないです。今回は前回に続いて百年前の世界に行くことといたします。
 百年前の各国指導者は誰だったでしょうか。一人ぐらいなら答えられるかもしれません。でも全員は無理でしょう。それは次の表のとおりです。

日本 寺内正毅
アメリカ    ウッドロー・ウィルソン
イギリス ハーバード・ヘンリー・アスキス→デビッド・ロイド・ジョージ  
ドイツ ヴィルヘルム二世
フランス レイモン・ポアンカレ
ロシア アレクサンドル・ケレンスキー
中国 黎元洪
 
 こうして挙げてみると聞いたことがある名前ばかりですね。当時は前回も書きました通り世界中を巻き込む大戦争中でしたので、強力な指導者を必要としたのでしょう。また国内政局でゴタゴトしている場合ではないと挙国一致的な内閣が出来ていたのです。
 1917年は第一次大戦が大きく動いた年でした。先ず一月にドイツが無制限潜水艦作戦を宣言しました。これによりそれまで中立を保っていたアメリカがドイツに宣戦を布告します。ロシアでは二度に渡る革命が起き帝政ロシアが崩壊します。そうするとウクライナとフィンランドがロシアから独立を宣言します。このような状況により世界地図が大きく塗り替わりました。

 一方、日本ではどのような時代だったでしょう。前回も書きました通り日本は史上空前の好景気でした。でもこれが実態を伴っておらず物価高騰に苦しめられたこともこれまでに書いてきました。
 ではどのような生活を行っていたのでしょうか。少し物価を見てみましょう。

米10Kg:約1円30銭(2年後3円を超え米騒動が起きる)
そば一杯:4銭(2年後7銭となる)
あんぱん:2銭
電車初乗り:5銭
鉛筆:5厘
電気ブラン:7銭

 この時代は狂乱物価とも言える状態で一年に物価が20〜30%も上昇していました。そのような状態が何年も続いたものですから1915年〜1920年で物価は2.38倍になってしまいました。大変なのが政府と銀行で約7億5千万であった国家予算が15億を超えてしまいます。日本銀行券つまり通貨の発行量も4億3千万から15億6千万に膨れ上がります。現在の約90兆の予算が180兆に、日本銀行券が98兆から232兆になるのです。もしそんなことになったらどれほどの混乱を生じるか想像しただけで恐ろしくなります。
 政府銀行以上に大変なのが一般庶民で都市にスラム街が出来たり結核に倒れる人が多数出たり娘を苦界に売ったりしたのもこの頃です。でも一番タフなのも一般庶民で、この難局を乗り越えていきます。

 ではセルロイド業界はどのようだったでしょうか。これまでも何度か書きました通り空前の好景気と大不況という急上昇急降下を経験しました。何しろセルロイド生地の生産量が三倍を超えたかと思うと半減するという時代です。どれほどの大嵐であったかが分かります。でもこのような時代を経験したおかげで体力がつきました。そのため五年後の昭和初期にはまたしても好景気となりました。その頃の日本は金融恐慌、世界同時不況の時代でしたのでセルロイド業界は際立った存在でした。
 この両極端を良くも悪くも指導し経験したのが毎度お馴染みの鈴木商店です。原因となったのは言うまでもなく第一次大戦ですが、欧州での戦闘の状況を日本に伝えていたのが鈴木商店の現地駐在員で株式は鈴木商店の情報によって上下しました。塹壕で使われた袋にはSZKのマークが入っていました。この頃には非上場であったことが有利に働いていました。ところが戦争が終わり大不況となると不利になります。そして史上空前の倒産劇となったわけです。

 こうしてみると百年前は今では考えられないほどの大激変の時代だったのですね。もう二度とこのような時代がやってこないように祈ることといたしましょう。


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