セルロイドサロン
第223回
松尾 和彦
ガンメタルと金型

 ガンメタル(砲金)という言葉をご存知でしょうか。かつて大砲などに使われたことからこの名前なのです。公園などに置いてあるブロンズ像がこのガンメタルです。青銅と呼ぶ場合もありますが、それは錆の色で本来は黄色や赤色です。
 銅と錫、亜鉛などの合金で銅90%、錫等が10%程度、比重が8.7〜8.9程度のものが一般的で、鋳造性がよく強くて耐食性に富むので軸受けなどに用いられています。軸受として使う場合にはオイル潤滑を途切れさせないようにする必要があります。それを守れば廉価でありながら抜群の接着性と耐摩耗性を有すという利点があります。粘り強いのですが引っ張りには弱いという欠点もあります。
 また熱伝導性の関係から保温性がよいので天麩羅鍋、しゃぶしゃぶ鍋などにも用いられています。他に高炉の冷却部品などにも用いられています。身近なところでは十円玉(Zn4,Sn1)です。また色が美しいのでオリンピックの銅メダルとして用いられることも多い。
アルミニウムを混ぜたものは水、特に海水に対する耐食性が良いので船のスクリューとして用いられます。また給水部品にも使われます。
 奈良、鎌倉の大仏は何れも砲金製ですが、奈良が銅91%に対して鎌倉は銅68.7%、鉛19.6%、錫9.3%です。このことから鎌倉は宋の貨幣を最溶融していると推定されています。
 鋳物のバルブなどに使うことがありますが、亜鉛メッキ鋼管、ライニング鋼管などと接触させると相手側の鋼管を腐食させることがあるので注意が必要です。また黄銅との共用はNGです。

 砲銃弾の薬莢には今でも黄銅が用いられていますが、それは発砲時に砲銃身後部を高い圧力から守る必要があるので、ガスの圧力が下がった時に元に戻る靭性が必要だからです。
 砲金が大砲の材料として使われるようになったのは15世紀前半で19世紀前半頃までは中心でした。それは当時の技術では材質を均一にできないために鉄製の砲では暴発の危険があったからです。
 日本でも江戸時代に和製大砲が作られたがガス漏れを起こすので射程距離が短く、威力も小さいものでした。
 代表的なものが水戸藩の大砲で沖を通る外国船を一隻残らず沈めてやるとばかりに建造しました。維持管理が大変で少し動かすだけで一分(一両の四分の一、約2万円)の金がかかるので「ごろり一分」と綽名されました。ある日、その大砲を使う機会がやってきました。どこの国かは分かりませんが沖を外国船が通りました。この時とばかりに大砲を撃ったところ地を揺るがすような轟音とともに勢いよく飛び出すはずが、目で追えるほどの速度で出た砲弾が直ぐ前の海にポチャリと落ちたのです。外国船にしてみれば空砲を撃ったとも感じなかったことでしょう。原因は、もちろん気密性が良くなかったためのガス漏れです。
 これに対して中々の成果を挙げたのが薩摩藩のボンベン砲で、薩英戦争の時にはイギリス側の旗艦ユーライアスのジョスリング艦長、ウィルモット次官など二十名が砲撃によって戦死しています。ただし薩摩側の被害も大きく、軍艦三隻は三隻とも沈没、大砲八門が破壊、民家350余、武家屋敷160余が焼失という大損害を被りました。
 この時も双方ともにガス漏れに悩まされていたと伝えられています。

 その後の戊辰戦争や西南戦争で使用されましたが、フランスから輸入していた四斤山砲(別名:ナポレオン砲)も国内生産が可能になりました。真偽のほどは定かでないのですが長州の大村益次郎は「うんと四斤山砲を作って大阪に置いておけ」と遺言したと言われます。その大砲が西南戦争に役立ったことは事実である。
 その後も量産が容易であることから九糎臼砲、野砲、山砲などが作られ一部は第二次大戦頃まで使用された。随分と息の長い兵器ですね。

 サロンの「68:セルロイドに形を与えたものは」にも書きましたが、ガンメタルはセルロイドを成型するときの金型として用いられています。保温性が良いので金型として持ってこいだったのです。また金型は何回も熱しては冷やしを繰り返しますので耐久性が要求されます。
 このことからもガンメタルは金型に適していたのです。
 ただしあの重い金型を熱しては冷やしてセルロイドに形を与えるのは大変な作業です。特に玩具は、最大の得意先である米国市場のクリスマスに合わせるためには夏場に作業をする必要がありました。ただでさえ暑い時期に火を使う仕事ですから時には50℃を超えることもありました。職人は幾ら水分を補給しても足りません。塩分も必要で塩を口に放り込みながら仕事しました。
 あの愛らしいセルロイド玩具には、職人さんたちの文字通り汗と油にまみれる苦労があったのです。
 最後に各種金属の物性を一覧といたしましたのでご参考としてください。

                各種金属の性質
   密度
(g/cm3)
 比熱
(J/Kg℃)
 熱伝導率
(W/mK)
線膨張係数
(×10−6/℃)
 融点
(℃)
 アルミニウム  2.7   900  204  23.9  660.2
 鉄  7.87  461  67  11.7  1539
 銅  8.96  385  386  16.5  1083
 砲金
(10Sn,2Zn)
 8.7  381  48  18  1000
 黄銅
(9Sn,6Zn)
8.71   385  60  18.18  1050



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