セルロイドサロン
第226回
松尾 和彦
日本が世界一だったものは

 一位日本約50,000、二位ドイツ約1,500、三位フランス約330。これ何の数字だと思われます。
 答は100年以上続いている会社の数です。日本が圧倒的ですね。日本には世界最古の会社として知られている金剛組(578年創業)を始めとして、705年に創業した宿泊施設の慶雲館、717年の同じく宿泊施設古万、翌年にはこれまた宿泊施設法師、885年頃と言われる田中伊雅仏具堂、他にも飲食店の一文字屋和輔、建設業の中村社寺など1000年を超えている会社もあります。このような国は日本だけです。
 で100年以上続いているということは、第一次世界大戦が終結した時点で既に存在していたということです。
 この戦争が終結してからの日本は、ちょうどバブル崩壊後の失われた十年、失われた二十年に似た状況でした。
 10億円ぐらいだった国家予算は15億に跳ね上がったのですが、その状態が長く続きます。戦後不況、震災不況、金融恐慌、世界同時恐慌、農村恐慌などが立て続けに襲い、子供達は欠食。学校に行ける子供はまだいい方で十にもならない頃から身売りをする始末。貧困は農村部のみならず都市部にも襲い掛かり至る所にスラムが形成されます。
 経済がこのような状況では世情も不安定で総理大臣の原敬、浜口雄幸、犬養毅。財閥の安田善次郎、武藤山治、団琢磨。左派陣営からは山本宣治、小林多喜二、渡辺政之助。陸軍始まって以来の秀才と言われた永田鉄山などがテロに倒れました。
 このような状況がやっと好転しだした頃に日本が世界一だったものとしてレーヨン、天然樟脳、そしてセルロイドがあります。

 先ずはレーヨンについて語りましょう。レーヨンは絹に似せた人工繊維であるために、かつては人造絹糸、縮めて人絹と呼んでいました。初期のレーヨンはニトロセルロースを揮発性の有機溶媒に溶かしたものを小さな穴から噴出させたものでした。これで作った服はニトロセルロースを着ているようなもので事故が多く、第一次世界大戦前までに生産が中止されました。
 その後、セルロースをアルカリと二硫化炭素に溶かしたものを酸の中で紡糸するものが現れます。日本ではさらに研究が進んでコットンリンターを原料としたパルプを銅アンモニア溶液に溶かして、細い穴から水中に出して糸とする銅アンモニアレーヨンがあります。ある程度以上の年齢の方なら「ベンベルグ」と言えば分かられると思います。1935年(昭和十年)頃のレーヨンは日本が生産量世界一で、全体の約三割を生産していました。
 先ほどレーヨンのことを人造絹糸と言いましたが、何か気が付かれたことはありませんか。そうです網干に設立された日本セルロイド人造絹糸です。同社は最初ドイツのベンベルグ者から技術導入をしようとしたのですが、ビスコースに切り替えて作られた会社が帝国人造絹糸(帝人)です。その後、東洋レーヨン(東レ)、倉敷レイヨン(クラレ)、三菱レイヨン、日本レーヨン(ユニチカ)なども操業を開始します。こうして日本が世界一のレーヨン生産国となったわけです。

 セルロイドが世界一であったことはこれまでも何度も述べました。1937年(昭和12年)の12,762トンという数字は1925年〜1928年のドイツを除けば世界一の数字で、当時の全世界生産量の約40%を占めています。
 日本がセルロイド生産量世界一位だった時代は昭和の初め頃から続いたのですが、戦争が始まるとセルロイド工場は火薬工場になりました。その為10,000トンを超えていた生産量が5,000トン以下に急落しています。日本の経済は完全に戦争経済となり約22億円だった国家予算が60億を超えます。現在で言えば90兆から270兆になったということです。しかも予算の90%以上が戦費というものです。如何に戦争が総てを狂わせるということの象徴です。

 最後の天然樟脳ですが、これははっきりとした数字が分かりません。しかし日本がほぼ独占していて価格を決めていたということからすると100%に近いものがあったのではないかと思われます。その為、アメリカがフロリダで樟の栽培を始めようとしたのですが、その葉がアオスジアゲハの幼虫によって食い荒らされて失敗したという話を前に書きました。

 このように昭和十年頃に日本が世界一だったものは何れもセルロイドが直接的間接的に関わりあっています。日本の産業におけるセルロイドの地位がどれほど大きかったかが分かります。
 セルロイド製造の八社が大合併して大日本セルロイド(ダイセル)となったのは1919年(大正八年)ですから、ダイセルも来年には晴れて百年企業の仲間入りをすることとなります。
 日本は過去に戦争や不況を経験しましたが、老舗が生き残れる世界でも稀有な存在だということが分かります。これはこれからも変わらないでいてほしいものです。





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