セルロイドサロン
第230回
松尾 和彦
セルロイドのまちは何故生まれた

 東京都葛飾区は「セルロイドのまち」と言われています。その名前の通り、かつては主に玩具加工を行う大小数々のセルロイド加工業者が操業していました。では何故葛飾が「セルロイドのまち」となったのでしょうか。
 実は昭和初期にあたる1933年の「セルロイドのまち」は葛飾ではなくて亀戸町(36業者)、寺島町(22)、吾妻町(18)、尾久町(22)といった墨田、江東、荒川だったのです。この辺りの町のことについてはサロンの187回でも取り上げていますので、興味を持たれましたらご一読をお願いします。葛飾では渋江(17)、四ツ木(12)といったところが目立ちますが、それでもかないません。
 ではどうして亀戸町を始めとする場所が「セルロイドのまち」となったのでしょうか。理由は幾つか挙げられますが代表的なものは厩橋、すなわち蔵前、南元町からの距離です。浅草の南側は今でも玩具の町として知られていますが、戦前はもっと凄く蔵前、南元町だけでなく柳橋、鳥越、東三筋、西三筋に玩具問屋が集中していました。
 それら問屋に納める玩具製造加工業者がどこにあったかといいますと、浅草橋を思い出してください。久月、昇玉、さくらほりきりなど日本人形屋が多いことに気づかれると思います。それは日本人形が布、紙、木材、土など古典的な材料を使っていることと関係があります。こういった古典的な店は江戸時代からの老舗が多く厩橋から近いのです。
 次にブリキなどの金属を使って玩具を製造していた業者があった場所を見てみますと厩橋町、東駒形町、石原町などになります。
 ゴムとなると寺島町、亀戸町、吾妻町東、吾妻町西、日暮里町となります。
 そしてセルロイドは前に書いた通りです。
 材料が新しいものになるほど蔵前、南元町から離れているのに気が付かれると思います。ゴムやセルロイドのような新興材料を扱おうと思うと、少し離れた場所でないと入っていけなかったのです。
 そしてどの材質を使う業者も一定地域に集結しています。そのほうが分業−受託生産システムにおいて仕事を回しやすいし、情報伝達を密に行うことが出来ます。市場情報が入ってくるので流行に対応できます。このようにメリットが多かったことから自然に集積していったのです。
 人形などの玩具は江戸時代から分業−受託システムが出来ていまして、時代劇で長屋の住人や下級武士が人形を作っているシーンが出てきますが、実際に行われていたのです。
 セルロイド加工業においては業者の集積は、もっと大きな意味を持っていました。それは起業するにあたっても継続していくにあたっても最も熟練を要し、費用も掛かったのが金型でした。金型は資金力のある問屋や清水卯之吉、泉寅蔵、永峰セルロイド、塚越康雄といった大規模業者、意匠登録を持っている業者が保有し、成型業者は成型だけ、着色は着色だけ、組み立ては組み立てだけといったシステムを行っていました。もちろん一貫生産を行う業者もありましたが、それは大規模業者です。


小規模玩具業者の作業内容(1935年)
製造のみ 21 23.6%
製造その他 11 12.4%
加工のみ 53 59.6%
加工その他 4 4.5%
合計 89 100%
   小工業調査より

 このような分業システムを採用する別の理由は職務遂行に要する期間の違いです。

期間 性別 年齢
プレス工 6ヶ月 男女 20-30
切り離し工 1ヶ月 18-25
糊埋め工 1ヶ月 18-26
彩色工 3ヶ月 16-25
取り付け工 1ヶ月 17-25
押し切り工 1ヶ月 男女 20-30
型押し工 3ヶ月 男女 20-30
湯締め工 5年 25-40
   職務解説、セルロイド製品製造業より

 このような状況はさらに進み1935年当時には約80%の工場が受託生産でした。1939年当時の集積度を見てみることといたしましょう。

玩具製造 その他 彩色 挽物 研磨
城東 亀戸 34 20 10   2 3
向島 寺島 19 62 11 5 7 3
向島 吾妻町東 18 10 2   1  
向島 吾妻町西 31 38 5 5 6 5
向島 隅田 2 19     2  
荒川 尾久 83 125 7 4 14 5
荒川 三河島 39 22 10 1 3 3
荒川 町屋 22 53 3 4 5 2
葛飾 本田渋江 25 9 12 1 3 6
   東京セルロイド商工業者人名録より

 このように「セルロイドのまち」が生まれていったのは新興材料であったこと、分業システムが採られたことなどによるものなのです。


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