セルロイドサロン
第232回
松尾 和彦
消えた樹脂、幻の樹脂

 世界で最初の合成樹脂であるセルロイドが発明されてから150年になります。その間に数多くの合成樹脂が発明され、現在では残存性による環境汚染が問題になったりもしていますが、合成樹脂の無い生活は考えられなくなっています。
 この150年の間に数々の合成樹脂が発明されました。多くは今でも使用されていますが中には消えた樹脂もあります。また理論だけで実際には存在したかがはっきりと分からない幻の樹脂もあります。
 今回は消えた樹脂、幻の樹脂について見ていくことといたしましょう。

・アニリン樹脂

 アニリンC6H5NH2とホルムアルデヒドHCHOを塩酸の存在下で縮合して作られる熱硬化性樹脂で電気特性に優れているので絶縁体製品に使われていました。さらに耐水性、耐アルカリ性、耐油性、耐溶剤性に優れている。形状寸法性が優れていて経日劣化が少ない。機械加工が容易であるなど数々の特性を有していました。
 日本のように湿度の高い気象条件においては耐水性が大きく吸湿性が小さいということは非常に優れた絶縁特性を発揮することとなります。
 このようなことからソケット基盤、コイルボビン、チューナー接点台などに使われていました。
 しかし現在ではエポキシ樹脂やフェノール樹脂に取って代わられ、エポキシ樹脂の硬化剤、フェノール樹脂の改質剤として使われている程度です。

・ベンゾグアナミンホルムアルデヒド樹脂

 この長い名前の樹脂は消えているわけではありません。光沢が優れている、密着性が高い、耐蒸煮性があるなどの特性から缶や自動車の焼き付け塗料として使用されています。
 焼き付け塗装とは使われている樹脂の種類にもよるのですが120~150℃で20~30分間保持すると完全硬化した塗膜になります。この作業は温度管理が特に注意を要する作業となります。
 焼き付け塗装に使われる樹脂塗料はロッカー、事務机などのメラミン樹脂。アルミサッシ、金属性パネルに用いられるアクリル樹脂。プラスチックと組み合ったものに使うシリコン樹脂などの樹脂塗料があります。
 これらの樹脂があるためにベンゾグアナミンホルムアルデヒド樹脂は使用が減ってきています。

・カゼイン樹脂

 牛乳が白いのはどうしてだか説明することが出来ますか。意外と難しいですね。実はこれはカゼインと呼ばれるタンパク質に光がぶつかり散乱していることによって牛乳が白く見えるのです。
 このカゼインはマイナスの電荷を持っており互いに反発しあっています。そこに酢などプラスの電荷を持った物を混ぜ合わせると今度はカゼイン同士が互いに引きあって沈殿します。これを濾過したものを乾燥させると水分が抜けて結びつきます。さらに圧力をかけるとカゼインは大きな分子となります。
 この作業を繰り返して出来るのがカゼイン樹脂でダイセルの登録商標であるラクトロイドとも呼ばれていました。
 象牙に似た感じのカゼイン樹脂が発明されたのは1898年にドイツで発明されました。その特性を利用してピアノの鍵盤やボタン、はんこ、アクセサリーなどに利用されました。日本では戸谷産業、ワイコムが主にはんこ、ボタン用としてカゼイン樹脂を取り扱っています。
 カゼイン樹脂は染色が容易で様々な色のものを作り出すことが出来ます。また生分解性ですので環境に優しいと言えます。この辺りセルロイドに似ていますね。またラクトロイドという名前も似ています。乳糖であるラクトースとロイドとの組み合わせです。セルロースとロイドの組み合わせと同じパターンです。

 また東洋紡はカゼインとアクリロニトリルを合成させて作るプロミックス繊維を販売していました。絹に似た感触、しなやかさ、光沢、発色性があるので代用品としてナイトウェア、ランジェリー、タオル、ネクタイなどが作られていました。
 残念ながら2004年に生産を中止しました。100gのプロミックス繊維を作るのに1.4ℓもの牛乳が必要だったので採算が合わなかったのかもしれません。
 またカゼインを酸ではなくてアルカリで中和した塗料や、集成材の接着剤としても使われていました。

 このように様々な用途があったカゼインですが、最近では供給するメーカーが世界的に不足しています。その中で最大級のメーカーがアイルランドにありますので、もしかしたらお手元のはんこもアイルランド製のカゼイン樹脂で出来ているかもしれません。

・スターライト

 最後に幻の樹脂と言われるスターライトについて述べることにしましょう。
 1980年代モーリス・ウォードという人物がスターライトという樹脂を発明したと発表しました。
 スターライトでコーティングされた生卵は1200℃の炎であぶっても生のままでした。またレーザー光線の照射にも耐え、理論上は広島型原爆の75個分の衝撃にも耐えます。さらに軽量で成型が容易で有害物質を一切出さず、液状・ペースト状・固形どのような状態でも性能を発揮するというまさに夢の樹脂でした。
 しかし幾つかの企業がこの発明を利用しようとしていることに気が付いたウォードは、その内容を明かすことなく2011年に亡くなりました。遺されたヒントは「家族が知っている」という言葉と「21種類の有機ポリマーとコポリマー、少量のセラミック」だけ。家族も、それ以上は知らないそうです。
 ウォードは本当に夢の物質を作ったのでしょうか。それともただの山師だったのでしょうか。今では永遠の謎です。


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