セルロイドサロン
第239回
松尾 和彦
1920年のセルロイド
 本年は2020年ですが、年明け以来「コロナ、コロナ」で明け暮れる毎日です。お正月の時点でこのような状況を予想した人がいるでしょうか。オリンピックもどうやら延期、もしくは中止となりそうです。
 では今回のコロナウィルスよりも更に酷い状況だったスペイン風邪がようやく収まった1920年はどのような年だったのでしょうか。その年のセルロイドはどのような状況だったのかと合わせて見ていくことといたします。

 先ず1920年は閏年ですからオリンピックが開催されました。場所はアントワープで、前回は1916年にベルリンで開かれる予定でしたが、戦争のために中止となり八年ぶりの大会となりました。この大会で熊谷一弥と柏尾誠一郎とが日本人として最初のメダル(銀メダル)を獲得しています。
 その頃からオリンピックは政治に翻弄されていて第一次世界大戦の敗戦国であるドイツ、オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、トルコは参加を禁止されています。
 驚くのは開催期間で4月20日〜9月12日と実に半年も続いたのです。

 この年、国際連盟が発足し日本も加盟し常任理事国となりました。第一次世界大戦の講和を示すベルサイユ条約も結ばれ平和になるはずだったのですが、肝心のアメリカはモンロー主義を掲げたために加盟していません。
 そのアメリカでは赤狩りが行われ、俗に禁酒法と言われる憲法修正第十八条が成立したりしています。
 国際的にみてもポーランド・ソビエト戦争が起きたり、ドイツ労働者党が国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)と改称したりで、後の時代を暗示するようなことも起きています。

 日本国内に目を移しますと第一回の国勢調査が行われており、日本の人口は約六千万人でした。予算は歳入歳出ともに約十四億円です。
 東京商科大学(一橋大学)、慶應義塾大学、早稲田大学、明治大学、法政大学、中央大学、日本大学、國學院大學、同志社大学が学校令により設立を認可されています。
 今あげた名前をよく聞くのが箱根駅伝ですが、第一回大会が開かれたのもこの年です。
 また東洋工業(マツダ)、日立製作所、鈴木式織機(スズキ)など日本を代表する会社が設立されたのもこの年です。
 ただし3月15日の株価暴落に始まる戦後恐慌により日本は大不況となり、横浜の生糸商人茂木合名、船成金として有名な山本唯三郎、三井物産・大倉組と並ぶ存在だった高田商会、そして毎度お馴染みの鈴木商店などが大打撃を受けます。

 ではセルロイドはどのような状態だったのでしょう。前年に八社が合併して大日本セルロイドが設立されたこと、滝川佐太郎が独立して再生セルロイド生地、ピン棒の製造に乗り出したことは以前にも述べました。
 この年の製造量は1,491トンでアメリカの2,137トンに次いで第二位につけています。イギリスが810トン、フランス246トンですので、かなりの量を産しているように思えますが二年続けて2,200トンを超えた後ですので、かなりの減産です。
 当時の主な使用用途としては玩具、歯ブラシ、櫛、腕輪などがあります。第一次世界大戦中に消えてしまった用途としては婦人用のコルセットがあります。以前のアメリカ女性は長髪で砂時計のようにくびれた腰が美の象徴とされていました。その為、腰の辺りまで伸ばした髪を櫛で束ねてコルセットで腰を締めていました。
 しかし戦争によってコルセットに使用するセルロイドは火薬に、芯として使っていた鉄は船となりました。そして一部ではありますが女性も産軍したことにより、二度とコルセットのような窮屈なものを使おうとはしませんでした。そして髪を短く切ったのです。これにより恐慌状態になった櫛業界に対してサム・フォスターが「何も問題は起きていない。短髪が流行っているのなら短髪に合うような櫛を作ればいいのだ」と語ったのも、この頃です。
 セルロイド玩具は欧米ともにドイツからの輸入に頼っていました。第一次世界大戦以前のイギリスは約80%、アメリカは年によっては90%近くに達していたのですが、戦争中は当然のことながらほぼゼロとなります。そこに割って入ったのが日本製で、イギリスに最高で46%、アメリカでは84%が日本製となります。ところが戦争が終わってしまうとダウンしてしまいました。1920年はそれほど顕著でもないのですが、翌21年にはイギリス6.6%、アメリカ17.8%にまで落ち込みます。
 日本の戦後恐慌は戦争中の過剰生産とヨーロッパの意外に早い復興とが原因となっています。

 これから後の1920年代日本は関東大震災、昭和金融恐慌、世界同時不況、農村恐慌など災難続きです。2020年代はどのような時代になるのでしょうか。まさか百年前のようなことにはならないと思うのですが、百年前には考えもしなかったことが起きるのも事実ですので、これからの十年を見守ることといたしましょう。

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