セルロイドサロン
第26回
松尾 和彦
楽器とセルロイド
 人間にとって最初の楽器は一体どのようなものだったでしょうか。骨や木をくりぬいて作った笛だとか、太鼓のように叩くものだとか、或いは弓のようにはった弦を弾いていたものだとか、様々な説があります。しかしいずれにせよそれまでは自分の身体を叩いたり、指をならしたり、口笛を吹いたりしていた時代に比べると格段に表現力が向上したはずです。

 セルロイドは楽器類にも広く使われてきました。現役のもので言えばギター、ドラムなどがありますし、三味線、箏などにも使われてきました。子供の使うガラガラや赤ちゃんの上で廻っていたメリーゴーランドなども楽器の中に含めてもよいでしょう。今回は楽器とセルロイドとの係わり合いについて見ていくことにいたします。

三味線
 先年、教育指針が変わりまして音楽の授業で和楽器を教えないといけなくなりました。この変更で一番困ったのは音楽の先生達です。なぜなら殆どの先生が和楽器の演奏が出来ないからです。そのために慌てて習いに行く姿が見られました。また音楽の時間だけ先生は先生でも三味線や琴の先生を呼んで代わりに教えてもらったりしています。

 その和楽器の中で最も馴染みのあるものと言えば三味線の名が挙げられます。中国の明代に三弦(サンシエン)と呼ばれていたのが、琉球に伝えられると三線(さんしん)、もしくは蛇皮線(じゃびせん)となったものが、永禄年間(一五五八ー七○)に堺に伝えられて日本中に急速に広まったものだと言われています。

 三味線には長唄、荻江節、端唄、小唄などに使われる細棹。地歌、常盤津、富本、清元、新内などに使われる中棹。義太夫節、説教節などに使われる太棹などがあり、棹の太さだけでなく三味線全体や胴の大きさ、撥の形などに違いがあります。

 演奏する時に三弦、三線は何も使いませんが、三味線は撥を使います。この撥や糸巻きとして象牙が使われました。硬さと粘り気とが丁度適していたのです。ある程度の硬さがないと糸を弾くことは出来ませんし、粘りがないと糸が切れてしまいます。

 しかし象牙は高価なものでしたので中々買い換えるということが出来ませんでした。そのため鋸の歯のようにボロボロになるまで使ったり、削って削って小さくなったものを使ったりしていました。

 そのため何か代わりになるものがないかと捜していたところに現れたのがセルロイドでした。安価で加工も容易でしたし、色の調節や象牙に似た木目模様をつけることも出来ました。それに何よりも硬さ、粘りが象牙に似ていたのです。

 このような背景がありましたので急速にセルロイドが使われるようになりました。さらに最近では野生動物の取引を禁止するワシントン条約による制約もあってセルロイドが使われています。これだけプラスチック全盛の時代にあって今だに使われているということは、いかにセルロイドが優れているかを示していることになります。

 前橋市の古墳から出土した埴輪に琴を弾いているものがあります。また正倉院の収蔵品の中にも琴があります。

 ところで題名を見てください。「箏」と書いています。それなのに古墳、正倉院では「琴」になっています。この二つには厳密な区分があって、現在日本で演奏されているのは殆ど総てが「箏」で「琴」は既に絶えていると言ってもいい状態なのです。

 箏には途中に押さえて弦の長さを調節する、すなわち音の高低を決定するための柱がありますが琴にはありません。変わりに徽という目印があってそこを押さえて高低を決定しているのです。

 弦の数も、琴では埴輪のものは五本、後に七本になったのに対して、箏は十三本から十七本になりました。この箏については面白い話があります。それは中国では二十五本だったものが、日本と朝鮮とに分裂して伝わってそれぞれ十三本と十二本になったというものです。

 この箏を弾くときには爪をつけますが、生田流では角爪、山田流では丸爪になっていますので、今度ご覧になられる時には気をつけてみてください。

 その爪や柱は三味線と同じように象牙が使われていましたが、これも三味線と同じ理由でセルロイドが使われるようになりました。

ギター
 ヨーロッパの古楽器リュートやアラブ一帯のウードを起源とする楽器にはウクレレ、バンジョー、バラライカ、バンドゥリアなどがありますが、一番有名なものは何と言ってもギターでしょう。持ち運びが容易で比較的簡単に演奏が出来て、しかも安価であるなどの優れた特徴を備えているために世界中で親しまれています。

 このギターという楽器は、もちろん弦楽器なのですが時には腹板を叩いてリズムを取るという打楽器のような使われ方もしています。ギターを演奏するときには指で弾くことも多いのですが、三角形や卵形をしたギターピックや指にはめるフィンガーピックなどが使われることも多いのです。しかしそのようなピックを使って演奏しますと肝心のギター本体に小さな傷をつけてしまい、音が悪くなってしまうことになってしまいます。そのためにピックが当たる部分にピックガードをつけています。この二つはどちらも同じ素材でないとどちらかが傷ついてしまいます。またピックは弱すぎては弦を弾けませんし、強すぎると弦を切ってしまいます。ある程度の強さと粘りとが必要です。そしてガードには装飾性も要求されますので、色合いが綺麗で様々な模様が可能になるものが適しています。安価だということも重要な要素です。しかし何といっても音に影響を与えない素材でないといけません。そのためには薄くて波打ったりすることなく均一に延ばす必要があります。

 これら総ての特徴を兼ね備えた素材は、そうそうあるものではありません。その点でセルロイドは適度な強さと粘りがあり、色合いも模様も豊富で容易に変えられます。価格も安く出来ますし、加工も容易で薄く均一に加工することが出来ます。そのためにピック、ピックガードとして使用されてきました。さらに棹の部分にもセルロイド板を貼っているものもありますので注意してご覧になってください。

二胡
 女子十二楽坊などの活躍により二胡はすっかり日本でもポピュラーな楽器となりました。ここで問題です。その女子十二楽坊で二胡を演奏しているのは何人いるでしょう。答えは、この項目の一番最後で述べます。

 ところであの楽器はどうして二弦ではなくて二胡なのでしょうか。「胡」という字が使われている言葉には胡座(あぐら)、胡瓜(きゅうり)などがあります。「胡」の本来の意味は「牛のようにあごの下に垂れた肉」でしたが、転じて遊牧騎馬民族の蔑称となりました。彼らが使っていた楽器ですので二胡というわけです。他にも四胡もありまして総称して胡琴(フーチン)と呼ばれます。これを胡弓としてしまいますと江戸時代の初めに日本で考案された三弦、もしくは四弦の別の楽器になってしまいますので注意してください。

 この二胡に使われている部分は三味線と同じように糸巻きの部分です。ご存知のように弦と弦との間に弓を入れて演奏する楽器ですので、他の部分にはあまり使われていません。

 では問題の答えを言いましょう。女子十二楽坊は琵琶が三人、笛が二人、揚琴が三人、そして二胡は五人です。計算が合わないですね。女子十二楽坊は実際には十三人在籍しています。そして二胡の五人の中から四人が代わる代わる出演しています。そのためメンバーが変わったのかなと思うことがありますが、このような事情からのことです。

アコーディオン
 一八二二年にドイツ人のブッシュマンによって考案されましたアコーディオンは、日本では手風琴とも呼ばれ親しまれている楽器です。ちょうど持ち運びのできるオルガンと言ってもいい鍵盤楽器ですが、その鍵盤だけでなく胴体にもセルロイドを使って彩りを添えています。

 このようにセルロイドは優れた特性を持っていますので様々な楽器に使われてきました。まだこの他にも使われているとも思いますので楽器店などに行かれまして、これもセルロイドではないかと思われるものが使われていましたらご連絡をお願いします。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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