セルロイドサロン |
第30回 |
松尾 和彦 |
定規と計算尺 |
かつて筆箱の中には直線定規、三角定規、分度器などのセルロイド製定規が入っていました。その筆箱自身もセルロイドでした。そしてもう一つコンパスも必ずと言っていいほど入っていました。これらを駆使すれば様々な図形を描くことが出来るが万能ではありません。そんな時に活躍するのが雲形定規です。そして電卓が無かった時代に算盤とともに活躍したのが計算尺でした。 これらのセルロイド商品は、どのような使われ方をしていたのでしょうか。そしてまた今ではどのようになっているのかと合わせて調べて見ることといたします。 定規とセルロイド 定規には直線定規、三角定規、T型定規、波型定規、曲線定規、分度器などがあります。これらとコンパスとを使えば様々な図形を描くことが出来ますが、それでも対応できない時に活躍するのが雲形定規です。 雲形定規は一枚で対応する万能定規もありますが、六枚から二十五枚、多いものになると六十四枚もの定規の組み合わせになっていて、コンパスでは書くことの出来ない曲線を描く時に用いられます。得意とするのは飛行機、自動車、受話器、ワインのビンなどで以前に取り上げましたゼロ戦の設計も雲形定規によってなされたものです。また連続する曲線の集中線を描く時には重宝する代物です。そのため漫画を描く時には欠かせないものとなっています。この定規から様々な図形が描き出され新製品が生まれていく様は、まさに魔法のように思えます。 コンピューターによる作図が一般的となった現在でも愛用している人は多く、電子機器の回路設計図などの先端産業にも使用されています。 定規に使用する樹脂に要求される特性としましては透明性ということが取り上げられます。下に書いてある図形が見えないのでは話になりません。透明性ということであればアクリル樹脂ですが、以前には主に軍用、特にゼロ戦など飛行機の風防として使われていました。そのため民間には廻ってこないものですからセルロイドを使用していたのです。こうしてセルロイドで設計されたゼロ戦の風防の張り合わせとしてセルロイドが使用されたのです。 その当時、色々な材料を試作品に用いましたがいずれも満足できるような結果が得られずにいたのですが、セルロイドを使ったところ滑りやすくて製図を行うのに適していましたので用いられるようになりました。 しかしこれらの定規類、筆箱、下敷き等はセルロイド製であったがために割れやすいという欠点を持っていました。また光によって変色、褐色しやすいために完全なものは中々残っていません。またしばらく使用していないうちにひび割れが入り、遂には小さな破片となってしまうことがありました。 これは可塑剤として使われていた樟脳がブルーミング(暑い所にチョコレートを置いていると白くなっていることがありますが、それと同じ現象です)したために劣化が進行して起きる現象です。 かつてセルロイドフィルムは火災を怖れていたのと保存のために金属製のケースの中に保管していました。そして取り出したときにはボロボロになっているということがありました。これは密閉状態に置いたためにかえってセルロイドの劣化を早めてしまったために起きた現象です。むしろセルロイドは風通しのよい場所に置いたほうが保存が効くものですから、セルロイド製品を手に入れられましたら実践してください。 これら定規類の使いこなしは作図、漫画などの基本となるものですから面倒くさがらずに身につけるようにしてください。 定規類はセルロイド製でしたが先に挙げましたものの他に質の悪いものですと狂いやすいという欠点もあって、次第にアセチロイドに代わっていって今では先に述べましたように透明性の高いアクリル樹脂に取って代わられました。それでも骨董市や古道具屋に出てくることがありますので、見かけましたらぜひこの愛すべき品物を手に入れるようにしてください。そして日頃から使うようにしてください。そのほうが生きた使い方でもあり長持ちもします。 計算尺とセルロイド 計算尺というアナログ(相似)型計算機は関数電卓の登場により絶滅危惧商品の一つになってしまいました。しかしかつては乗法、除法、開平、開立、累乗、三角関数などの近似値を求める手軽な計算機として身近なものでした。映画の中で登場しただけなので本当かどうかは分かりませんがNASAでも使われていたという話があります。 この計算尺という品物は対数の概念を考え出したネーピアの計算機を基に、一六三三年にイギリスのオートレットによって発明されて十九世紀の後半頃に盛んに使われるようになりました。 ネーピアの発名は科学技術史上でも重要なものの一つで、乗算が速く簡単に出来るようになったので学者の寿命が十年延びたと言われているほどです。また同じ頃にパスカルとライプニッツが計算機の試作を行っていますが、それは何れもディジタル(計数)型のものでした。 SIDE RULE あるいは SLIPSTICKと呼ばれていたアナログ型計算機が日本に入ってきたのは、明治二十七年(一八九四年)に逸見治郎がフランスのマンハイム型を持って帰ったのが始まりで、明治四十五年(一九一二年)に竹製の商品を売り出したことで急速に広まりました。この時に自分の名前を付けてへンミ型計算尺としたのですが、実に言いえた命名をしたものです。 この会社は今でも存在していますが、今では精密機器の部品製造などを行っていて一般的な計算尺自体の製造は昭和四十年代に終えているとのことです。しかし特殊な計算尺の製造は今でも行っていてこれまでに千種類以上もの特殊計算尺を世に送り出しています。 計算尺はその製造由来から目盛りをほどこした対数尺を基本として、固定尺(台尺または外尺)と固定尺との間を滑って動く滑尺(中尺または内尺)およびカーソルから出来ています。 この滑尺とカーソルの動きが計算尺の命ともいえるもので、滑らないと使い勝手が悪いし、滑りすぎると計算が狂ってしまいます。カーソルを用いて平方、立法、対数、平方根、立方根などを求めるのですから、カーソルの動きによって計算尺の価値が決まります。 そのために考え出されたのが張り合わせた竹にセルロイドをコーティングするという技術でした。色々と他の材料でも試したようなのですが満足するような結果が得られなかったのですが、セルロイドを使用しましたら丁度よい滑りが得られました。またきれいに光って見栄えがよくなりました。この竹にセルロイドをコーティングした計算尺は、様々な種類のプラスチックが使われるようになってからも主に高級品として使用されました。 こうして学校や職場で広く使われるようになり検定制度も出来た計算尺ですが、関数電卓の登場とナノ(十億分の一)単位が要求されるようになりますと次第に姿を消していきました。しかし今でも計算尺は現役で医療の現場(特に点滴、肥満度、カロリー計算)、航空機の飛行、工作機械、世界時計、作業日程の計算、ダクト配管などに使われています。 現在の計算尺は長型のものではなく円形が主流になっていますが、安いものでしたら八百円程度で手に入りますので一つは持つようにして下さい。また引き出しの奥などで埃をかぶっているものがあると思いますので捜してみてください。 |
著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。 |
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