セルロイドサロン
第32回
松尾 和彦
ゴルフとセルロイド
 イギリス生まれのゴルフが日本でも盛んに行われている。本格的なゴルフ場に出かける場合もあれば河川敷などのミニコースなどでクラブを振っている人も多く見かけるようになりました。
考えてみればシンプルなスポーツであるゴルフにも、セルロイドは使われています。

 今回はゴルフとセルロイドについて見ていくこととしましょう。
ゴルフで使う道具はボールとクラブしかありません。このクラブで実際にボールを叩くところをヘッド、握る部分をグリップ、長い棒をシャフト(軸)と呼びますが、このヘッドとシ
ャフトをつなぐ部分のことをネックと言います。このネックの部分にセルロイドが使われているわけです。
そのために「ネックセル」という言葉が生まれましたが、欧米のゴルフショップに行って「ネックセル」と言ってもポカンとした顔をされてしまい通じません。それもそのはず「ネックセル」は和製英語なのです。英語ではフェノール、もしくはフェラルと言うのが正しいのです。
 どうしてこのようになったのでしょうか。それはネックの部分にセルロイドを使用しているのは日本だけだからです。外国ではプチレートを使って射出成型によってネックを作っています。そのため日本製と外国製とでは価格に違いが見られますが、それも当然かもしれません。
先ず素材の価格からしてプチレートとセルロイドでは大きな違いがあります。それに射出成型で大量生産を行っているのと、厚さ○.二五ミリのセルロイド軸を内側には螺
旋軸を入れて抜けないようにして、外側は強度をつけるために荒らしているという作業を手仕事で行うのとでは価格が違うのも当然のことと言えます。
プロゴルファーと呼ばれる人は日本人はもちろんのこと、外国人もほぼ一〇〇パーセント、日本製の「ネックセル」を使用しています。それはセルロイドが持つ様々な特徴がネックに適していたからです。

一、
時間が経つと収縮する
セルロイドには時間とともに収縮していく性質があります。そのため次第に締まりが強くなっていきヘッドとシャフトが一体化されていきます。
二、
加工が容易でスピーディな作業に適している
これは生産者側に必要な性質ですが、加工に容易であれば作業を行いやすくなります。当然のこととしてスピーディに出来ますので、大量生産が可能になります。
三、
強いが柔らかいのでシャフトを傷つけない
セルロイドは意外なほどの強度があります。ところがこれも意外なほど柔らかいのでシャフトを傷つけることがありません。シャフトが傷つくと価格の点からも修理からも大変な負担となります。そのためにセルロイドがネックの材料として優れていたのです。
四、
交換が簡単に出来る
セルロイド製のネックはヒートガンなどで熱してやると意外なほど簡単に外れてしまいます。熱して気泡が出てきた頃を見計らうと簡単に切ることが出来ます。これが熱しすぎると煙が出てきてしまいますが慌てないで下さい。すぐに収まります。
もちろんセルロイドですから他のものに燃え移ったりしないようにしないといけません。ところが塗料にでも燃え移らない限り、セルロイド製のネックは瞬間的に燃えてしまい灰もほとんど残りません。だからといって実験を行ったりはしないで下さい。
五、
大きめに見えても削ることが出来る
セルロイドのネックが大きすぎるとどのようになるでしょう。もちろん見た目が悪くなりますが、それ以上の大問題があります。ヘッドの左にかかりやすくなるのです。日本のゴルフ場では左にかかるとOBゾーンに行ってしまうことになりがちです。この確率は一説では九十八パーセントとも言われるほどですから驚くべき数字です。どうもOBが多いと思われる方は、一度ネックの部分をチェックしてみてください。
六、
長さだけでなく直径も変えることが出来る
このネックの長さを変えるのは簡単です。切ればいいだけのことです。では少し太めの物を細くすることは出来るでしょうか。これも簡単です。沸騰したお湯に数分間漬けた後に取り出してください。冷めた頃には細くなっています。実際、ネックを取り付けるときにはこの性質を利用しています。
プチレートではこのようなことは出来ません。
このように数々の特徴を兼ね備えているためにプラスチック全盛時代にあっても、最初の合成樹脂であるセルロイドが今でも使われているわけです。

では何時頃から使われているのでしょうか。これにははっきりとした定説はありませんが、おおよそ四、五十年ぐらい前から使われていると言われています。その頃は万年筆などの軸を作っていた業者はセルロイドが衰退してしまい、プラスチック製の万年筆軸が作られるようになって不況にあえいでいました。そこで思いついたのがゴルフネックだったのです。
 そして数々の特徴を兼ね備えていたために現在でも作られているというわけですが、十四、五世紀から行われているというゴルフの歴史からするともちろんのこと、百四十年に達しようとしているセルロイドの歴史からしましても意外なほど最近な話で驚いてしまいます。

このように重要な部分であるにもかかわらず、ゴルフクラブを買う時にネックの部分に注意を払う人は非常に少ないのが現実です。今後は、あの小さな部品に注意を払うようにしてください。もしかしたらそれでスコアが上がるかもしれません。でもそのためには先ず練習です。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。

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