セルロイドサロン
第46回
松尾 和彦
いつでもどこでもそこにあったセルロイド

 これから紹介します瀬瑠野(セルノ)さん一家の生活は、今から五十年位前の話だと思ってください。その頃のセルロイドの生産量は約八千トンと戦後の最高を記録していた時代でした。瀬瑠野さんの家族構成は御父さん、御母さんに子供が二人という、当時の流行り言葉で言うところの核家族です。


 「目覚まし時計」が鳴っています。瀬瑠野さんが見ると七時ですので起きないといけません。着替えると「眼鏡」をかけました。テレビはまだまだ高嶺の花でしたので「ラジオ」のスイッチを入れて朝のニュースを聞きながら、「櫛」で髪型を整えました。 

 御母さんは、もう起きていて高校生の長女、今年から中学生となった長男のために作った御弁当を弁当箱に入れていました。「箸箱」は以前から使っているものです。

 朝ご飯を食べ終わると「歯ブラシケース」から「歯ブラシ」を取り出して歯を磨いた後に三人は会社へ、学校へと出かけました。今日は天気が悪くなりそうなので「傘」を持っています。瀬瑠野さんは「カカト」のついた革靴を「靴ベラ」を使って履きました。

 瀬瑠野さんは「定期入れ」を運転手に見せて駅までバスに乗ります。マイカーなど考えられない時代でした。そのバスは途中で矢羽根のような「方向指示器」を出しました。子供達は自転車で通学しますが、ハンドルの「握り」、「チェーンカバー」などは何で出来ていたのでしょうか。

 その子供達のカバンの中には「キャップ」をつけたエンピツの入った「筆箱」に「下敷き」が入っています。長女は家庭科の授業がありますので「裁縫箱」を持っていきますが「マチ針の頭」は色取り取りで綺麗です。音楽の授業もありましてピアノの「鍵盤」を叩きました。

 長男は中学生になったので詰襟の学生服に真新しい「カラー」がついています。胸ポケットには入学祝に貰った「万年筆」が誇らしげに輝いています。どうやら今日は数学の授業があるようで筆箱の中には「定規」が入っています。ちびたエンピツは「ナイフ」を使って器用に削ります。

 その頃、会社では瀬瑠野さんが計算をしています。電卓などは無かった時代なので「算盤」と「計算尺」とを駆使します。その時、予約していたお客さんとの面談が入り「名刺入れ」から名刺を取り出して互いに挨拶をしました。商談が成立しましたので「印鑑」を取り出して押印をしました。

 家では御母さんがお出かけの仕度をしています。「枠」がついた化粧用の鏡を見ながら「クリーム入れ」からクリームを取って顔につけます。「ヘアーブラシ」で整えた髪を「ヘアーピン」で止めます。お洒落なので「ハンドバッグ」や「財布」にも凝っています。ともに口金は何で出来ているのでしょうか。カラーチップの塗料も使用しています。出かけた先のデパートで子供が小さかった頃によく行った玩具売り場で「キューピー人形」や「ガラガラ」、「起き上がり人形」などを懐かしそうに見つめました。今日の目的は楽器売り場で趣味の「三味線のバチ」を買いに来たのです。地下では試食用の果物を勧められましたので「フォーク」で刺して一つ食べました。
 学校では授業が終わりクラブ活動の時間になりました。長女は「卓球」部、長男は「ギター」部で、それぞれに熱中しています。

 瀬瑠野さんは仕事後に仲間から「麻雀」に誘われましたが断りました。もっと好きな「パチンコ」に行きたかったからです。その前に御母さんも出かけたデパートで「ゴルフクラブ」を見つめました。この頃は、まだまだ一般的ではなく見つめるだけでした。雨が降っているせいかパチンコに負けてしまいました。

 家で一家団欒の食事を楽しんだ後に御風呂に入りましたが、そこには色鮮やかな「洗面器」があります。


 この短い文章の中に四十五個もの括弧があります。その括弧内のものには何れもセルロイドが使われていました。このように五十年程前には、いつでもどこでもそこにセルロイドがあったのですが、今ではほとんどのものが別の材料に置き換えられてしまい、残されたのは「櫛」、「ナイフの柄」、「卓球のボール」、「パチンコの化粧板」ぐらいしかないのは少し寂しくもあり、残念な気もします。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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