セルロイドサロン
第50回
松尾 和彦
ボタンとセルロイド

 衣服を留める役目をもった小さな付属部品であるボタンの歴史は何と六千年も遡ることが出来ます。B、C.四千年頃のエジプトの遺跡から太陽神ケペラ、復活のシンボルである黄金虫スカラベ、花などを模ったボタンが出土します。

 また同じ頃にギリシャやペルシャなどでもボタンが使われていたとの記録があります。


 ボタンという言葉はポルトガル語からの外来語ですが、そのbotaoも英語のbuttonも語源は古代ラテン語のbottareiから来たと言われていますが、古代ゲルマン語のbuttonからの由来であるとの説もあります。

 何れにせよ意味は花の蕾を現していて、なるほどと思わせるものがあります。


 日本では江戸中期の故実学者伊勢貞丈(一七一七〜一七八四)の「安斎随筆」という書物に、和蘭語では「コノブ」といい、ポルトガル語では「ブタン」と呼ぶ。と記されているのが初見だとされています。しかし元禄時代にも陣羽織に貝ボタンが使われていました。

 一八七○年(明治三年)十一月二十二日に出されました太政官布告により、海軍の軍人の制服の前面に二行各九倍、後面に二行各三個と実に細かく桜花金地のボタンを使うように決められたことから、この日が一九八七年(昭和六十二年)に「ボタンの日」と制定されました。

 また「釦」という字は本来無かったものですが、「紐」の役目をするということから「紐釦」と書いて「ボタン」と読ませていたのが、何時の間にか「釦」の一字だけになったものです。


 欧米ではボタンを大事にする風習があって、不要になった衣服を処分する時にはボタンを外していました。そのため各家庭にボタンが残ることになりコレクターも数多くいます。またボタンがついたままになっている古着は取られているものよりも高価で取引されました。

 日本でも最近になって、やっとという感じでボタンコレクターが現れるようになりました。しかしこの分野はまだ人数も少なく注目されていないので集めるのでしたら今がチャンスです。


 このようなボタンの素材として使われたのは、最初は木、ナツツ類、貝殻、骨、角、子羊の毛、絹織物といった自然のものでした。その後、金属やガラス、陶磁器、珊瑚、真珠、金銀宝石なども使われるようになりました。

 十三世紀頃にあらわれた「サイクラス」という衣服の両脇下部分はボタンで開閉されていました。一方、十二世紀頃までは衣類に穴を開けて紐で結んでいたのでボタンは単なる飾りでした。そして職業ゃ身分、地位などを現すステータスシンボルとなった為に素材ゃデザインなどに凝るようになりました。今でも学校指定の金ボタンなどがあるのは、その名残です。

 金ボタンといえば卒業式の時に第二ボタンをもらうという風習がありますが、一体どこで何時頃に始まったのでしようか。ご存知の方がいらっしゃいましたらご連絡をお願いします。


 その後、ボタンに使われる素材は多種多様になっていきましたが、ポリエステル、ABS、ユリアなど数多くの合成樹脂も使われるようになりました。

 またカゼインは牛乳を材料とした樹脂ですが、一ミリ成長させるのに十日間もかかるほど手間隙のかかる素材です。それにしては価格が安すぎるとは思えます。

 東京オリンピック(一九六四年:昭和三十九年)が開かれた頃から二、三年の間だけですが、アセチロイドのボタンが造られました。これは市販品ではなくオーダーメードの服にだけつけられた高級品だったのですが、ドライクリー二ングの時に使用する薬品と反応するなどの欠点があったために直ぐに使用されなくなりました。もしこのボタンがついている服を見つけられましたら永久保存するようにしてください。


 セルロイドボタンは合成樹脂を素材とした製品の中では最も早く現れたものでした。
そしてセルロイドはボタンの素材としては画期的なものでした。

 ガラス、紙、象牙、鼈甲など当時使用されていたものに似せられる。貝や象牙に被せられる。発色が美しい。様々な素材と組み合わせが可能である。高級感を出すことが出来るといった特徴はセルロイドならではのもので、合成樹脂全盛時代の感がある現在でもこれに優る素材はありません。

 しかしセルロイドに常に付いて廻る燃えやすいという欠点は、ボタンの場合も命取りとなりました。そして製造が打ち切られてしまったのです。

 そのために遺されたセルロイドボタンは、それほどの数ではありません。しかし一つ一つが職人の手作りで製造された姿には大量生産のものには見られない風情が感じられます。


 美しさと強さとは相反する性質のようで両方を兼ね備えた合成樹脂が現れたのは一九五○年代半ばのことでした。しかし型にはまったものではやはり味気ないと言わざるをえません。


 そのためもしセルロイドボタンを見かけられましたら迷うことなく手に入れてください。前述の通り、まだ注目されていないコレクションですので価格もお求めやすいものとなっています。実際に使用されるも良し、飾り物にされるも良し、ストラップや髪飾りなどに転用されるも良しです。


 これを御読みになられましたボタンメーカーの方が、魅力ある素材であるセルロイドボタンの製造を再開されることを望んでやみません。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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