セルロイドサロン
第62回
松尾 和彦
セルロイド柄模様に見る東西文化

 トロケ、バラフ、コーフ、ササフ、マキトリシンジュ、ウエコミコーフ。これらの言葉が一体どのような意味を持っていると思われますか。

 実は総てセルロイド柄模様の呼び名なのです。それぞれは次のような字で現されます。溶板、茨斑、甲斑、笹斑、巻取真珠、植込甲斑。

 日本の伝統工芸として知られている箱根寄木細工は素材は木ですが、セルロイドの柄組物と同じ工程で作られています。また西陣織などの織物は縦糸、横糸の組合せによって様々な柄模様を生み出しています。

 こういった柄物作りは経験と判断が必要な職人芸で、数多くのセルロイドマンが人生を掛けて作り上げたものです。

 これらの柄物の作り方について少し説明することといたしましょう。

 先ずは柄模様を作るためにデザインを決めないといけません。既存の柄の場合は処方手順が決まっていますが、新柄ですと組立デザインから色合せ・試作・評価などを経た上で製造することとなります。

 セルロイドは本質的には透明で、ほとんど無色です。ということは適当な染料や顔料を用いることによってあらゆる色に着色できるということになります。

 透明な色は溶剤に可溶な有機染料や屈折率の似た有機顔料によって、半透明や不透明は染顔料にもよりますが一般的には品物に不溶な顔料によって得られます。

 これら着色剤には色が鮮明で着色力が大きい、分散が容易で凝集しない、耐熱性・耐光性・耐薬品性・耐移行性などが優れているといった特徴が必要となります。ところが、そのような優れた着色剤には鉛、水銀、クロムなどが含まれていることが多くて公害問題が巻き起こりなりました。そのために代替品が使用されるようになっていったのですが、途端に今までのような鮮やかな色が出せなくなりました。そのため現場の苦労は大変なものがあったようです。またセルロイドそのものも中国に生産移管したのですが、現地の水質があまり良くなくて色が悪くなっているようです。加えて染顔料の配合比率が職人の勘に頼っていたものが、コンピューター制御に変えた途端に色合いが悪くなってしまったという皮肉な現象も起きているようです。



 ではセルロイド柄模様の作り方を幾つか見ていくことといたしましょう。

 ご存知のようにセルロイドは象牙の代替品として作られたものですので、最初に取り上げるのは「象牙生地」といたしましょう。

 象牙生地を作るためには先ず透明と乳白色のスライスシートを作って交互に並べていきます。これを圧搾してプレーナーで削ると縞模様の生地が出来ます。圧搾回数を増やすと複雑で高級感のある柄物生地が出来ますが、同時に歩留まりが悪くなり工程数も多くなるのでコスト高になってしまいます。

 次にセルロイドを模造品として使う代表的なものである鼈甲を見ることとします。

 最も簡単な柄はバラ斑と呼ばれるものですが、これは二種類以上の色生地を不定形に裁断して、これを混ぜて圧搾プレーナーで削って作りますが、斑がバラバラに散った柄生地となることからバラ斑と呼ばれます。

 このバラ斑生地の中でベースを琥珀色として斑を茶褐色にしたものを特に鼈甲と呼んでいるわけです。

 高級感のするパール生地ですが、これは捏和機でパールエッセンス(光沢のある鱗片状物質の混合物)を混ぜ、ロールで粗練りしたセルロイドの餅を角型の押出しプレスに仕込み、下部のスリットから圧出させると鱗片は押出し面に平行に配向します。この際押出されたセルロイドの餅が、たるんで配列が乱れないようにするために適度に引っ張りながらロールに巻き取ります。これを十五ー二十ミリ角に裁断して、バラバラに混ぜ合わせてブロックプレスに仕込んで圧搾すると、裁断片の向きが複雑に入り組んだブロックが出来ます。これをプレーナーで裁断すると、蝶貝パールと呼ばれる光沢面が色々な方向を向いた綺麗な真珠模様が出来ます。のし餅を細く裁断してプレス枠内に並べて圧搾すると、今度は柳パールと呼ばれる背と腹が微妙に入り組んだ縞模様のパール生地が出来ます。



 で、このようにして出来上がった柄模様を万年筆の軸として使用する場合ですが、プラチナ、パイロットといった日本のメーカーと、シェ−ファー、パーカーなどの欧米のメーカーとでは使う柄模様に差異が見られます。

 すなわち日本では象牙、鼈甲、パールの他に金魚柄などの色合いが淡い感じのするものを好むのに対して、欧米ではコントラストがはっきりとしたものを使用する傾向があるようです。また模様が縦に長い線になるようにする日本に対して、横に幾つもの線が並ぶようにする欧米という違いもあります。

 そして万年筆そのものの形状や大きさにも微妙な違いが見られます。特に本体やキャップの尾部に違いがありますので、両者の違いを文房具店などで確かめてみて下さい。

 このような違いが現れるのは島国の単一民族国家で「和を持って尊しとなす」の考えを持っていた日本と、異民族との戦いを経て白黒をはっきりつけるようにした欧米との考え方の相違とも思われますが、本当のところは分かりません。



 もしセルロイド製の万年筆と出会ったならば、一度模様をじっくりと見つめて職人達の苦心、創意工夫があったことに思いをはせてみて下さい。

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著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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