セルロイドサロン
第72回
松尾 和彦
セルロイドに形を与えた金型達

セルロイドは出来上がったばかりの時には、ただのシートであったり塊であったりで面白くないものです。これに形を与えて実用化するために張り合わせたり、湯押しをしたり、吹き込みを行う必要があります。

 張り合わせは、文字通り細かく切ったセルロイド片を酢酸アミルなどで張り合わせてパス入れ、電池槽、風車などを作っていく手法ですが、湯押し、吹き込みにはそれぞれ金型を必要とします。



 この金型が如何にして作られていくかということを説明することといたしましよう。

 金型に使われる金属は「砲金」と呼ばれる合金です。名前の通りかつては大砲に使われていました。お台場などにも砲金製の大砲が並んでいたのでしょう。

 砲金には錫が十パーセントで残りが銅のもの、亜鉛が一〜九パーセントで錫が十パーセント残りが銅のもの、亜鉛・錫・鉛が各五パーセントで残りが銅のものなどがあります。

 砲金はよく真鍮と間違われるのですが、真鍮は亜鉛が三十〜四十パーセントで残りが銅の合金です。また色も真鍮が黄色いのに対してピンクがかっています。

 鋳造が容易で磨耗、腐食に強く、熱しやすく冷めやすいという特徴から天麩羅鍋、しやぶしやぶ鍋などに使われていますので、もしかしたら皆様のご家庭にも「砲金」があるかもしれません。



 では金型が出来上がるまでの手順について述べることといたしましょう。
注文主から製品上がりまでのデザイン図が提出される
取数を決め、デザイン図から型紙を取り、図面を引き、見積もりを提出する
↓0Kが出たら
粘土を使用し、原型の製作に入る(修正しやすいため)
↓          No
原型が上がり、メーカーさんのチェックが入る ← →修正
原型の石膏雌型取りに入る
上下半面ずつ取数の粘土を抜く(複製する)
図面通りに粘土を配列する
金型用石膏雌型取りに入る(上下)
鋳物鋳造へ手配する
↓ 鋳肌の型上がる
鋳物金型の仕上げに入る
↓(工程が複雑、手仕上げが2/3)
十一 テスト成型により確認する
↓0K
完了
(註:復刻版のように現物の製品がある場合は二から始まり五に飛んで以下は同じ工程を行う)


 この金型を作るにあたって腕の見せ所は貴重なセルロイドフィルムを如何にして無駄なく型取りするかということで、その配列方法がコストダウンにつながりメーカーを儲けさせて喜ばれ、工夫、研究、技術の進歩へと発展していったわけです。



 それではこの金型を使って、どのような商品がどのような手順で作成されるかについて述べることといたしましょう。

一、 吹き込み法:人形、動物、玩具等の成型
 吹き込み成型は一九一三年(大正二年)に永峰清次郎によって考え出された手法で、この特許を取得して三越デパートなどで販売しました。この方法によって作成された人形はゴム人形とも呼ばれ、美しくて軽かったので旧来の日本人形を圧倒して全国に普及していくこととなりました。
吹き込み加工フロー
条件
シートをなまし液に浸漬 一昼夜以上 メタノール濃度 20〜30%
シートを熱板で予熱する 膨潤軟化させる
加熱板温度:150〜200℃
雌型を熱板で予熱する 二つ折り金型
泡テスト:大 → 小 80℃
金型に離型剤を塗布する 石鹸液を筆で:石鹸濃度20%
金型に予熱されたシートを置く 二枚または二つ折りにしたシートを金型温度:80〜100℃
型締め:150〜250kg/cm2
シートの間にノズルを挿入
金型をプレスしノズルより空気を吹き込む 蒸気あるいは加熱した空気小物は常温空気
賦形後金型を水で冷却する 30〜40℃
冷却後加工品を取り出す
食い切り面を除去する ガラ掛け(竹チップ)


 この際の離型剤としては石鹸液が使われました。以前に「わ、わ、わ、輪が三つ」という人形が踊るコマーシャルがあったのを覚えている方も多いと思いますが、あの石鹸会社の創業者の三輪善兵衛氏も以前にセルロイド産業に携わっていましたが手を引いて、石鹸のほうに身を転じました。

ところがこのような形でつながりがあったのは面白い事実です。

二、 圧搾法:眼鏡枠、櫛、ブラシの柄の成型
 板生地から肉厚の成型品を加工する方法です。この場合材料の重量を製品の重さよりやや多い目にする必要があります。

歯ブラシを例にして述べることといたしましょう。

加工フロー
条件
セルロイドを小裁ちする
カッターで荒加工する 金型にだいたい適合するように
加工材を金型に挿入する 金型、材料とも熱板で予熱しておく
ドンテン八丁(金型八組重ね)
圧搾する ジャッキで締める
賦形品取り出し
はみ出しの切り取り パリ取り
パフ仕上げ
穴あけ
毛植え


三、 型締め法(蹴飛ばし):石鹸箱、裁縫箱、筆箱の成型
 少し小さめの箱などを成型するこの方法は、足元にあるレバーを操作する方法から俗に「蹴飛ばし」と呼ばれています。

型締め加工フロー
条件
セルロイドを小裁ちする なまし:10%メタノール 三日浸漬
雄雌型の金型に挿入 セルロイドを予熱する
プレスして賦形する 蹴飛ばし加工
冷却する 反り変形
周囲の耳を切り取り仕上げる


四、 湯締め法:湯桶、起き上がり、ピンポン球の成型
 半球状などの形状に成型する加工法で、大きな湯桶も小さなピンポン球も同じ方法で作られます。

湯締め加工フロー
条件
セルロイドを小裁ちする
小裁ち材料をなます なまし:10%メタノール 三日浸漬
雌型の上にシートを置き
金型で賦型する 熱湯中に浸漬 90〜95℃
ボンズ締める:速度注意
賦型後冷却層に入れ冷却する 冷水を金型にかける
底の反り:冷却不足
耳を取り除く ロクロまたは打ち抜き
フランジ巻き 130〜160V


 このようにセルロイド製品は様々な金型を使用して商品となっていくわけです。



著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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