セルロイドサロン
第76回
松尾 和彦
琥珀とセルロイド



 「あけがたの 琥珀のそらは 凍りしを 大とかげらの 雲は浮かびて」

 「まもなく東の空が黄ばらのように光り、琥珀色に輝き、黄金に燃え出しました」



この二つの文章は何れも有名な文学者の手になるものですが、誰のものかお分かりでしょうか。

答は後ほど述べることといたします。

今回はこの琥珀とセルロイドについて述べていくことといたしましょう。

琥珀と言いますとウイスキーのように濃い茶色のものを思い浮かべてしまいますが、実際には黄、赤、白、青、緑、線など二百五十もの色が存在しています。



 琥珀が装飾品として使われた歴史は古く、1998年(平成十年)に北海道千歳市の柏台遺跡で二万年前の琥珀飾りが発見されています。これに対してヨーロッパ最古のものは一万五千年前ですから日本のほうが五千年も前から利用していたのです。

 古墳時代ともなりますと有力者の墓から数多くの琥珀製の勾玉が発掘されています。この勾玉は殆ど総てが岩手県の久慈地方から産出したもので、後の奥州街道から中山道を経由して大和に運ばれた後に、帰り道としては後の東海道を通って銚子からは海路で久慈に着いています。

 この道のことをアンバールートと呼びますが、ヨーロッパでもバルト海地域からギリシャ、ローマ、フェニキアへと通じるアンバールートの存在が知られています。結婚十年目には琥珀を贈る習慣があることから琥珀婚と呼びます。



 先ほどの文章ですが、岩手県出身で郷土をこよなく愛した宮沢賢治の手になるものです。賢治は郷土の特産品を愛していたと見えて実に三十回以上も琥珀という言葉が現れています。

 久慈には郷土の特産品と偉人とを顕彰して日本で唯一の琥珀の博物館があります。また久慈市は琥珀つながりでリトァニアのクライペダ市と姉妹都市組を行っていますが、日本中探してもリトアニアの都市とは唯一の例です。

 久慈では琥珀のことを「くんのこ」と呼びますが、これは燻べるものといった意味で蚊取り線香の代用品として使ったために生まれた名前です。ドイツでも同じようなことを行っていたらしく「燃やすもの」と呼んでいました。



 この琥珀は樹脂が長年かかって変化したもので、久慈産は8,500−9,000万年前のアラウカリア(南洋杉)の樹脂です。他の産地のものではバルト海産が4,000万年前のマツ科植物、中国の撫順産が4,000万年前のメタセコイァ、ドミニカ産が2,400−3,800万年前のマメ科植物の樹脂に由来しています。イギリスのノーサンバーランドやシベリア産のものはもっと古くて、3億年前のものです。



琥珀は古くから知られた宝石ですが、何と言っても一番有名なのはロシアの女帝エカテリーナの命によって作られた「琥珀の間」でしょう。サンタトペテルブルグの南24キロのツァールスコエ・セロにある琥珀の間は六トン十万個もの琥珀を使用して1770年に完成しました女帝は、この部屋を気に入り許しがないと入ることは出来ませんでした。

 その後、独ソ戦の開戦直後にナチスドイツによって解体されて持ち去られてしまいましたこの部屋に使われていた琥珀の行方は今もって不明です。その後、再建しようとの機運が高まり二十五年の月日をかけて2003年の5月に復元されました。この時にはドイツ産の琥珀も大量に使われました。



 琥珀は宝石として使われる以外にも様々な使われ方をしています。聖徳太子の第二王子のものと言われている古墳からは琥珀製の枕が出土しています。これなどは権力の象徴としての意味があるのでしょうが、久慈では前述のように蚊取り線香の代わりに燻べたり、さび止め塗料として船に塗ったりしています。また戦争中には軍艦の塗料にしたり、レーダーに使う機器の絶縁体といった使われ方もしました。

 琥珀の中には時として昆虫などが封じられているものがあります。先ほど名を挙げた中ではドミニカ産のものが多いのです。時代が比較的若いことと熱帯地方ですので虫が入りやすかったのです。
この虫入り琥珀が有名になったのは、映画ジュラシックパークで恐竜の血を吸った蚊からDNAを取り出して恐竜を甦らせたことも一因です。

 実際にはDNAだけから絶滅生物を甦らせることは現在の科学力では不可能です。でも何時の日にか可能になるかもしれません。

 虫入り琥珀は高価で取り引きされるために偽造品が数多く出回っています。熱して溶かした琥珀に現代の虫を入れて再び固めたものですが、拡大してみると足が不自然に曲がっていたりして全体的に平面的な感じがします。これに対して本当に封じ込められたものは足が伸びて立体的で、今でも生きていて飛んでいきそうな感じがします。



 セルロイドは象牙、鼈甲、珊瑚、瑪瑙などとともに琥珀の模造品としても使用された歴史があります。成型加工着色が何れも容易で、質感や手触りなどが似ているセルロイドは琥珀の模造品として理想的な素材でした。ただ一つ違っていたのが比重で、琥珀の1.08に対して1.30−1.40あります。そのため飽和食塩水(比重1.13)に浮かぶか沈むかで見分けることが出来ます。

 セルロイドの下敷きで静電気を起こして遊ばれた方も多いと思いますが、琥珀も線電気が生まれます。そのためにギリシャではエレクトロンと呼びましたこの辺りも両者は似ています。

 セルロイド製の模造琥珀は、装飾品として主に女性を飾ってきました。また比較的求めやすい金額で手に入るので男性達もプレゼントとして求めました。もっとも琥珀自身も宝石類の中では安価な部類に入りますので、一つぐらいは本物を手にしたいものです。

 セルロイドの歴史の始まりは象牙の代用品であったように琥珀の代用品としても使われたのです。今度、琥珀を見るときにはセルロイドに似ているな、セルロイドは琥珀に似ているなとの目で見て下さい。




著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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