セルロイドサロン
第80回
松尾 和彦
メリーゴーラウンドとセルロイド


 生まれて初めて遊園地に行った時のことを思い出してください。ワクワクしながら門を入ると、そこはもう別世界、お伽の国だったでしょう。ピエロが風船を膨らましたり、辻音楽師が手回しのオルガンを演奏したり、動物の形をした乗り物がそこここを走ったりしていたのを見た日の想い出は忘れがたいものです。

 その生まれて始めての遊園地で遊具は何だったでしょうか。メリーゴーラウンド(メリーゴーランドではなく、やはり廻る物ですからメリーゴーラウンドとするのが正しい言い方です)だったと言われる方も多いと思います。

 馬や馬車が軽やかな音楽とともに回転しながら上がり下がりする遊具は、一八六○年頃にフランスで作られた蒸気機関製のものが始まりだとされています。その頃は貴族の必須条件の一つが乗馬でしたので、訓練にもなるメリーゴーラウンドは、たちまちのうちに人気遊具となって広まり、僅か十年ほどでヨーロッパ中の主要都市で見られるようになりました。

 回転木馬という日本語訳は、まさに言い得て妙です。「グルグル廻る回転木馬・・・」という唄は一度や二度は歌われたり、聞かれたりされたことがあると思います。

 ところでこのメリーゴーラウンドで現存する物としては世界最古の物が日本にあるのをご存知でしょうか。としま園にあるエルドラドが、その世界最古のメリーゴーラウンドです。
元はと言えば一九○七年に名工として知られるヒューゴー・ハッセによって作られ、ドイツのミュンヘンにある遊園地に据えられました。その後、一九一一年にアメリカにコニーアイランドに移り、アメリカ大統領となったフランクリン・ルーズベルトも楽しんだことがあります。そして一九七一年にとしま園にやってきて現在に至っていますから、百年が
経っているわけです。そのためとしま園では百周年記念の写真コンクールを開催しました。

 ところがこのような牧歌的、童謡的遊具は最近余り人気が無く、代わりに絶叫マシーンと呼ばれるスピード優先、スリル絶対主義的な遊具に長蛇の列が出来ているのは少し寂しい気持ちがします。



 メリーゴーラウンドと言えばもう一つ思い出すものがあります。あのグルグル廻る玩具です。卓上においてオルゴールの音楽に合わせて廻るものと、赤ちゃんの頭の上で廻っているものとがあるのをご存知のことと思います。

 前者は木製の物が多く、木ならではの優しさが感じられるためにテーブルの上に置かれている方も多いかと思います。

 後者のタイプですが、かつては赤ちゃんが産まれると親しい人が贈る習慣がありました。「ALWAYS 続・三丁目の夕日」で鈴木オートの夫婦が16_フィルムを見るシーンがあります。その冒頭に映るメリーゴーラウンドはセルロイドハウス横浜館が協力したものです。これにつきましてはオフィシャル・フォト・ブックに係りの方が書かれています文章をそのまま書かせてもらいます。

「セルロイドのメリーゴーランドは、大変こわれやすく、形的にも保管が難しいため、昭和20年代のものを見つけるのにとても苦労しました。あきらめかけた頃に、セルロイドハウス横濱館の館長さんからようやく見つかったと連絡が入ったんです」



 ここに書かれていますようにセルロイド製のメリーゴーラウンドは、昭和20年代には盛んに作られ輸出もされていました。最初に作られたのは何時かは、はっきりとはしませんが大正時代には既に作られていたようです。

 東京で言えば荒川区、葛飾区。大阪なら東成区での地場産業がセルロイドでしたので、その辺りで作られていました。
 このメリーゴーラウンドですが、年とともに改良が加えられていき、ゼンマイ式がバッテリー式、桃太郎や金太郎といった御伽噺からディズニーなどのキャラクター物、オル
ゴールから電子音と変わっていきました。

 そして材質もセルロイドからアセチロイド、塩化ビニールへと変わりました。今ではセルロイド製は骨董品でも見かけなくなりました。理由は、先ほどの通りです。セルロイドハウスにある品は現在では貴重品となっています。

 それでは復刻版でとなるところですが、残念ながら作れません。十四歳以下の子供向けの玩具にST(Safety Toy)マークがついているのをご存知だと思います。一九七六年(昭和五十一年)から付けられるようになったこのマークは非常に審査が厳しく、色が変わっただけでも改めて申請して取り直す必要があります。

 許可されない例としては誤飲の心配がある小さな部品があるもの、先が尖っているものなどがあります。セルロイドのように燃えやすい材料を使用しているものも許可されませんので、復刻版が作られる可能性は法律が変わらない限りありません。

 メリーゴーラウンドは赤ちゃんの頭の上で廻るものですから、落ちたりしない、部品が飛んだりしないなどの他に燃えることが無いというのも重要視されているのです。

 遊具としてのメリーゴーラウンドと同じように、玩具としてのメリーゴーラウンドも牧歌的、童話的存在ですが、最近ではすたれ気味になっているのが残念でなりません。特にセルロイド性という愛すべき存在を見かけなくなってしまったのを残念に思います。


著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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