セルロイドサロン
第81回
松尾 和彦
雛祭とセルロイド


 「灯りをつけましょ雪洞に お花をあげましょ桃の花・・・」

 三月三日は女の子の節句として、この唄が歌われます。雛壇の名前の通りに段々になった上にはお人形が座っています。その最上段に座っている雄雛雌雛のことを一対で「内裏」と呼びますが、この唄では「お内裏様にお雛様」と歌っていますので、雄雛を「内裏」と呼ぶものと勘違いされている方も多いと思います。

 この日には菱餅や雛あられ、蛤の吸い物にちらし寿司、そして白酒などを飲食するのを楽しみにされていたことだと思います。これらの食品ですが、地方により千差万別で菱餅は赤白緑の三色が一般的ですが、五色七色の地方もあります。

 蛤は別の貝とでは決して合うことがありませんので契りの固さを現すとして喜ばれています。

 ちらし寿司は見た目が綺麗なだけではなく、様々な食材を一度に食すことが出来ますのでお祭や祝い事のときなどに好まれます。

 白酒はもち米と味醂で作る博多地方の酒ですが、室町時代に桃の花を浸した酒を飲んでいたのが始まりだともされています。

 雛祭は平安時代のひいな(小さい)遊びが始まりだとされています。その頃には小さな屋形を飾っていたのが、信長の頃の天正年間に人形遊びと結びつきました。

 江戸時代の初期には一生の災いを人形に身代わりさせる祭礼的意味合いが強いものでした。鳥取を始めとする日本各地に残っている流し雛の習慣は、当時の名残です。

 その頃には立っていたものが家光の頃の寛永年間には座るようになりました。赤穂浪士の討ち入りがあった頃の元禄年間には十二単を纏った豪華なものとなりました。時代が少し進んだ享保年間には大型のものとなったのですが、吉宗の改革によって禁止されると、逆手を取った芥子雛と呼ばれる五センチほどのものが現れました。そして江戸時代の後期となると役職の違いによる衣装の差を忠実に表した有職雛が作られています。

 そして明治になると劇的な変化が起きます。雄雛と雌雛の位置が逆になったのです。
日本では右官よりも左官、右大臣よりも左大臣といったぐわいに左のほうが地位が上でした。降格人事などの時に使われる「左遷」という言葉は、本来は中国の言葉で日本では「右遷」と言うのが正しい使い方です。

 そのため雄雛が左側にいたのですが、西洋式に右側に変わりました。今でも京都方面では雄雛が左にいます。この飾り方がよく問題になるのですが、雛人形の組合の話ですと「どちらに飾ってもかまわない」とのことです。



 セルロイドで作られたお人形で最初のものはヨーロッパで作られた少女人形ですが、これは顔だけがセルロイド製のものでした。

 日本で作られた最初のお人形は七福神や十二支が中心でした。その頃は小さなものだったのですが、大型化し様々な種類のものが作られるようになりました。

 そのような中に雛人形もありました。吹き込み成型による中空のものもあれば、遠山記念館の所蔵品のように象牙細工を思わせるものも作られました。

 しかし人形そのものよりも盛んに作られたのが雛人形の飾り物や持ち物でしょう。

 セルロイドが象牙や鼈甲、珊瑚などの代用品として使われ櫛や簪、笄などが作られてきたことはこれまでも書いてきたとおりですが、雌雛の頭についている飾り物もセルロイドで作られました。

 また五人囃子が持っている笛や鼓などの楽器類もセルロイドで作られました。

 これらの品々は実に精密に作られていて職人の魂というものを感じることが出来ます。



 セルロイド製の雛人形も見かけなくなって久しくなっています。理由はメリーゴーラウンドのところでも書いたように、STマークという厳しい審査があるからです。セルロイドは燃えやすいものという固定観念があるために復活は難しい状況です。また飾り物、持ち物には小さなもの、尖っているものが多く、こちらのほうも厳しいのですが、大人が遊ぶ人形には時折り見かけることがあります。恐らくは以前に作られたものが出回っているのでしょう。



 女のお子さんがいる方は今年もお雛様を飾られることでしょう。終わった後に早く片付けないと、その子が行き遅れてしまうと言われていますが、これは物事のけじめをきちんとつけようとの意味ですから心配なさらないで下さい。ただし早く片付けたほうがいいと思います。



 今度、お雛様をご覧になるときにはこのような歴史的背景があるものだということを思い出すようにしてください。


著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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