セルロイドサロン |
第84回 |
松尾 和彦 |
音響機器とセルロイド |
一八七七年(明治十年)十二月六日、発明王として有名なトーマス・エジソンの研究室に一つの歌が流れました。「メリーさんの羊、羊、羊・・・」歌っているのはエジソン本人ですが、その時に歌っていたわけではありません。実は前に歌っていたのを録音していたのです。 これが世界で最初の録音ですが、この時の真鍮管に錫箔を塗った録音機は僅か四十五秒しか録音できないというものでした。エジソンの蓄音機は蝋管式だったと言われることが多いのですが、それは後の改良型の話で最初のものは錫箔式で非常に音質の悪いものでした。 それでも当時の人々の驚きは大きく、ある宗教関係者は「こんな箱が声を出すわけがない。腹話術をしているのに違いない」と疑い、聖書に出てくる人物の中から難解な名前を立て続けにしゃべりました。するとたちどころに再生されたので白旗をあげたという話が残されています。 なお十二月六日はエジソンの発明を記念して「音の日」となっています。 この録音技術は、その後大きく二つに分かれていきます。つまりテープ方式とレコード方式です。先ずはテープ方式から見ていくことにしましょう。 実はエジソンは録音機の発明は行いましたが、発展させることは行いませんでした。テープ方式での録音は、その後アメリカのオバリン・スミスが研究を進め、デンマークのボールゼンがピアノ線を使っての録音を研究しましたが、欠点が多くて上手くいきませんでした。映画に無声時代が続いたのはこのような事情があったからです。 その後一九二八年(昭和三年)にドイツのフロイマーが磁気テープ方式を考え出しました。この方式はBASF社によるアセテートの使用と、永井建三、五十嵐悌二による交流バイアス方式の導入により飛躍的に進化し、現在の音質とそれほど変わらないものとなりました。 一九三七年(昭和十二年)に日本フィルモン社の坪田耕一が画期的な発明を行いました。それは三年後に予定されていた東京オリンピックに備えたもので「エンドレステープ」の先駆けとなりました。 坪田は前年に行われたベルリンオリンピックで使われた円盤式録音に限界を感じて、東京オリンピックでは革命的な録音をと思っていました。そこで目をつけたのがセルロイドでした。長さ13メートル幅35ミリメートルのセルロイドテープの両端をつないでベルトにしました。これによってどこからでも録音が出来て、何回でも録音が可能になりました。 坪田は張り切っていたのですが、残念ながら東京オリンピックは戦争のために幻となりました。開催されていたなら、映画フィルムとともに音声テープの世界でもセルロイドが活躍していたところです。 もう一つの円盤式、つまりレコード方式の録音ですが、じつはレコードというものはエジソンよりも先に考えられていたのです。ところが再生装置が無かったために本当に録音できたかどうか確認する方法がありませんでした。この再生装置を考え出したのがエジソンだったというわけです。 エジソンの円筒式に対抗したのがドイツ出身のエミール・ベルリナーで、この時に考え出された円盤式の録音装置が後にレコードと呼ばれるようになり、やがてはCD,DVDへと進化していきました。 録音時間もエジソンの時代には四十五秒だったのが、五分に伸びたのも円盤式になってからです。また真中にレーベル(レコード会社の名前、録音内容など)を印刷できるという長所があったために円筒式を駆逐して、円盤式の天下となりました。 レコードで懸賞の賞品となったり、雑誌の付録となったりしたもので小さな薄いものがあったのを覚えていられる方も多いでしょう。 フォノシート(ソノシートと言われることが多いのですが、これは朝日ソノラマの登録商標です)は、手触りや薄くてぺらぺらした感じからセルロイド製だったと思われることが多いのですが、実は残らず塩化ビニール製でセルロイド製のものはありません。 それなら円盤式はセルロイドとまったく無関係だったかというと、再生装置つまりステレオの音量、音質などの「つまみ」や「目盛」などにセルロイドが使われていました。これはテープ式の再生装置つまりテープレコーダーも同じでした。むしろこちらのほうがテープもセルロイド、「つまみ」「目盛」もセルロイドですから関係が深いものでした。 横浜のセルロイドハウスに置いている機器類にもセルロイドを使っているものがありますので、御来館の際にはぜひご覧になってください。 ところでこのようなセルロイド製の「つまみ」や「目盛」ですが、電気機器メーカーの方でさえ、かつて使用されていたということをご存じないことが多いのは残念な事実です。またセルロイドと並び称せられ、電気製品のボディーやコンセントなどに使われていたベークライトに至っては、すっかり忘れ去られています。 その後、セルロイドもベークライトも塩化ビニール、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリカーボネートなどの各種プラスチックに取って代わられ、今では見ることがなくなりました。今度、音響機器の「つまみ」や「目盛」などをご覧になられる時には、そのような時代もあったのだということをお考えになってください。 |
著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。 |
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