セルロイドサロン
第86回
松尾 和彦
セルロイドの先輩達とは


 セルロイドは世界で最初の「合成樹脂」だと言われます。では合成でない「天然樹脂」があったはずです。またセルロイドを発明するきっかけとなったのは「象牙」でした。セルロイドは他にも「琥珀」、「鼈甲」、「珊瑚」、「牛角」、「犀角」、「鹿角」、「羊角」などの角類の代用品ともなってきました。

 今回は、これらの「セルロイドの先輩達」を見ていくことといたしましょう。



象牙(ivory) Ca5(PO4)3OH

 地上最大の動物である象は、古来より狩猟の対象となってきました。理由は言うまでもなく第二切歯が巨大化した象牙です。

 時には3.5mにも達することのある象牙は正倉院の御物となっている工芸品の材料として使われていることで分かるように古くから利用されてきました。

  ちょうどそのころに当たる唐の時代(618~907)の初期には、中国南部に多数生息していた象が末期には絶滅してしまったといいますから、いかにひどい乱獲が行われていたかが分かります。

 象牙は適度な吸湿性と粘りがあり、密度が高いことから成型加工が行いやすく、また色合いの優しさから様々なものの材料として利用されてきました。

 西洋で代表的なものはピアノの鍵盤、ビリヤードの球ですが、日本ではもっと幅広く利用されていて三味線の撥・糸巻き、箏の爪・柱、櫛、笄、根付などに使用されてきました。

 中でも印鑑として使用されることが多く、一時は輸入される象牙の九割までが印鑑用として使用されてきました。これは加工の容易さ、見た目の高級感などとともに印肉との馴染みやすさがあります。

 さすがにこのような使い方は国際的にも問題となりワシントン条約で使用が禁止されました。しかし保護されたがために増えすぎた象による農業被害、人的被害が深刻となったために2007年に一部輸入が認められることとなりました。


琥珀(amber)

 電気のことをelectricity,electrumなどと言いますが、これはギリシャ語のelektronを語源としています。この言葉で分かるように琥珀は、こすると静電気を生じます。

 色で分かるように数千万年から数億年前の樹液が化石化したものです。これに対して数百万年程度の年数をかけて半化石化したものをコーパル(Copal)と呼び、かつてはワニスやラッカーの原料として大量に採掘されていました。ただしコーパルのワニス、ラッカーは臭いが強いために一度作ったが最後なかなかとれませんので、注意が必要です。

 琥珀と言いますと木材の樹液そのままの茶褐色のものを考えてしまいますが、実は二百五十以上もの色があるカラフルなものです。

 琥珀は今では宝飾品として使用されることが多いのですが、かつては燻して香料、虫よけとして使われたり、レーダー機器の絶縁体といった使われ方もしていました。


鼈甲(tortoiseshell)

 鼈甲という字をよく見てください「鼈」というのは料理して食べられるすっぽんのことです。実際には海水産の玳瑁(タイマイ)の甲羅を使っているのに、淡水産のすっぽんの字が使われているのは、江戸時代に奢侈禁止令が出された折に「これは安物のすっぽんの甲羅を使っています」と言い逃れをしたからだと伝えられています。

 鼈甲はタンパク質を含んでいるために水を付けて適当な温度で圧すると接着することが出来ます。これは他の亀の甲羅にはない特徴で、櫛やアクセサリー、ギターのピックガードなどが作られました。

 しかし玳瑁は絶滅危惧TB類であるためにワシントン条約による規制がかかってしまいました。幸いにも細工は対象外とされたために、長崎を中心とする産地の火が消えることはありませんでした。ただし新規の材料が入ってきませんので、ストックしていたものなどを使って細々と行っているのが現状です。その一方で南洋の島で食用にした玳瑁の甲羅が打ち捨てられているのは何とももったいない話です。


珊瑚(Coral)

 よく言われることですが、珊瑚は植物でも鉱物でもなく、れっきとした動物です。それが証拠に月夜の晩に産卵をいたします。

 珊瑚は色が美しいことから古来から装飾品として使われていることで知られています。特に赤珊瑚、白珊瑚、桃色珊瑚などがよく使われてきましたが、近年では乱獲がたたって激減しています。  

 これに対して珊瑚礁を形成するものは造礁珊瑚と呼ばれています。こちらで最近問題となっているのは共生している褐虫藻が脱け出してしまう白化現象ですが、その原因は地球の温暖化による海水温の上昇と日焼け止めに含まれる成分だと言われています。  

 珊瑚はカルシウム分が主体ですので石灰質の固い骨格を発達させています。その硬度は名前に合わせたわけでもないでしょうが3.5です。  


角(Horn)

 動物の中には牛、羊、鹿、サイなどのように角を持っているものがいます。角は元々が皮膚から変化したものなのでタンパク質を含んでいて硬さだけでなく粘りを持っています。そのため最近では象牙の代用品としての用途が広がってきています。特に羊の角は印鑑などに多用されています。

 角を持っている動物は、そのために狩猟の対象となったという悲劇的な歴史を送っています。  特にサイは角が短剣の柄として使われたり、何らの根拠もないのに精力剤として使われたために激減してしまいました。今では五種のサイ総てが絶滅危惧種となっています。  


シェラック(schellac)

 錠剤やマーブルチョコの表面がつるつるとして輝いているのは何故だと思われますか。あれは表面にシェラックを塗っているからです。  

 では、そのシェラックとはどのようなものなのでしょうか。これはラックカイガラムシがクワ科の樹木に寄生して樹液を吸って体外に排出した樹脂状物質で、天然樹脂としては唯一の熱硬化性樹脂で、性質としてはポリエステルに似ています。  シェラックは熱硬化性ではありますが、一度は熱で溶けます。しかし一度溶けた後は熱にも溶剤にもおかされなくなります。  

 シェラックは摩耗性、密着性、耐久性に優れていることと、前述のようにつるつると輝くことから最近では歯磨きにも使われていて美容と健康に役立っています。


グッタペルカ(ガタパーチャ:gutta-percha)

 グッタペルカまたはガタパーチャは、マレーシア原産の赤鉄科の樹木の葉から作られる天然ゴムです。白色で硬くて強靭な性質を持っていると言えば、どのような用途に使われているかお気づきの方もいらっしゃるでしょう。ゴルフボールの外皮として使われているのです。

 また水に強いという性質から、かつては海底電線の被膜として使われていました。  白く硬く強靭で水に強いという性質は総て歯の充填剤としての要素ですので、虫歯の治療や入れ歯などにも使用されています。


ダンマル(dammer)

 マレーシアやインドネシアなどのラワン属の樹木から採取される軟質の樹脂ダンマルは、油絵の保護ワニスとして知られています。ただし二十年ぐらい経つと黄変してしまうのですが、テレピン油に容易に溶け塗りなおすことが出来るという特徴があります。

 湿度が高くても白濁が起こりにくい、安価であるといったことから絵画愛好者には広く知られた存在となっています。


乳香(mastic)

 ムクロジ目カンラン科の樹木から採取される乳香は、紀元前四千年頃からの使用が認められるという非常に歴史のある天然樹脂です。

 乳香という名前は空気に触れると乳白色に固まることからつけられた名前です。焚いて匂いを楽しむという用途の他に、鎮痛、排膿、止血作用があることから膏薬の材料としても使われています。またダンマルと同じように油絵の保護用としても使われることがありますが、価格が高いのであまり一般的ではありません。


バルサム(balsam)

 南米産のコバイバから採取されるバルサムは、名前の由来が芳香的(バルサミック)から来ているように香りがソフトで長続きするという特徴があります。その香りは気分を落ち着かせてくれるし、抗炎症性、殺菌作用、去痰作用があることから喉飴などにも使われています。また利尿作用もあることから膀胱炎などにも使われます。

 樹脂らしい使い方としては双眼鏡や顕微鏡のレンズの貼り合わせに使われていました。特にプレパラートの接着としては今でもマリソールというバルサムの一種が使われています。



 これらの天然樹脂は様々な特徴を有していますので、人工樹脂全盛時代とも言える現在においてもすたることなく使用されています。セルロイドも、これら先輩と同じように、他の樹脂には無い特徴を有していますので、各種プラスチック類に負けることなく使われ続けることでしょう。




著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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