セルロイドサロン
第88回
松尾 和彦
スズメバチとセルロイド



 日本で一番危険な野生生物は何だと思われますか。一撃で人間を倒す熊、海の恐怖の人食いザメ、猛毒を持った蝮やハブなどの蛇などを思いつかれることでしょうが、実際に一番危険なのは年に約三十名もが犠牲となるスズメバチです。この数字は熊、サメ、蛇を合わせたよりも大きな数だと申し上げれば納得いただけると思います。

 あのように小さな生き物ですが、ひとたび刺されると何か太いものが突き刺さったような激痛が走ります。一度目よりも抗体の出来た二度目以降のほうがより危険で命にかかわるのも二度目以後の場合です。対策としては刺されないことが一番で、黒い服を着ない、香水はつけない、振動などの衝撃を与えない、振り払ったりしないなどです。それでも刺されてしまったらタンニンが有効で、特に番茶がよく効きますので、すぐに刺された箇所を洗うようにしましょう。

 スズメバチとはハチ目スズメバチ科スズメバチ亜科に属するものの総称で四属六十七種が知られていますが、日本には三属十六種が存在しています。
 それでは代表的なスズメバチを見ていくことにしましょう。



オオスズメバチ

 名前の通り一番大型のスズメバチで性格も獰猛で攻撃能力も高い種類です。ただし大型ゆえに敏捷性には、やや欠けるという弱点もあります。沖縄、小笠原などを除く日本全域に生息しています。夏場にはコガネムシ、カミキリムシ、スズメガの幼虫などを餌としていますが、これらが不足するとともに新女王が登場する秋口にはミツバチやキイロスズメバチの巣を襲うようになります。人間が被害を受けるのもこの時期が一番多いようです。
 よくテレビ番組などで巨大なオオスズメバチの巣を駆除するところが放送されますが、巣の大きさと獰猛性とは正比例の関係にありますので、大きくなればなるほど危険も増大します。
 養蜂業者にとっては憎むべき相手ですが、生態系の維持に役立っている面もあります。先ほど小笠原には生育していないと書きましたが、その小笠原では逃亡したセイヨウミツバチが野生化して在来のハナバチを圧倒しています。そのためハナバチによって受粉している小笠原固有の植物への影響が懸念されています。



ヒメスズメバチ

 大きさこそオオスズメバチに次いでいますが、攻撃性も毒性も弱い種類です。餌は主にアシナガバチですが、日本ではアシナガバチの生息期間が短いためにヒメスズメバチの巣もそれほど大きくはなりません。しかし東南アジアなどでは巨大化して攻撃性も強くなっています。



キイロスズメバチ

 スズメバチの中で最も小さな種類ですが、最も獰猛で町中にも生息しているために危険な種類です。事実、被害が一番多いのもキイロスズメバチによるものです。食性は幅広く昆虫類に限らず、カエル、蛇などの死体、樹液、飲み残しのジュース、残飯なども餌とします。このような性質が都市部でも生育を可能としたのです。



クロスズメバチ

 名前の通り黒色をしたスズメバチで攻撃性も毒性もそれほど高くありません。チャドクガなどの茶の害虫を好んで捕食することから静岡などでは保護されている種類です。

 一方、長野などでは食用としています。餌を取りにきたクロスズメバチに目印を付けて巣を探し当てて中の幼虫を採取している様子が時々紹介されていますので、ご存じの方も多いことでしょう。



 長々とスズメバチのことを書いてきました。一体セルロイドとどのような関係があるのかと思われたかもしれませんが、スズメバチの巣を駆除するときには燻煙剤を使って動きを止めますが、この燻煙剤にセルロイドが使われているのです。セルロイドの可燃性という欠点が逆利用されている例です。遭難信号などに使用されている発煙筒には硝化綿が使用されています。もっと身近なところでは発煙性の殺虫剤にセルロイド、硝化綿が燃焼剤として使用されています。これは燃焼温度が薬効成分を分解させないという特性があるからです。



 スズメバチというと怖い存在と思われるかも知れませんが、実は益虫という性質もあるのを書きました。またスポーツ飲料、ダイエット飲料の中にはスズメバチの幼虫の分泌液から作られたものもあります。他にも雨露にあたったスズメバチの巣を殺菌解毒、鎮静、鎮痙剤などとして利用しています。

 また紙はスズメバチの巣がヒントになったとも言われていますが、本当のところは分かりません。



 このようにスズメバチは人間の暮らしと密着したところがありますので、今度見かけましたら一度じっくりと観察してみてください。近づきすぎない、刺激しないなどを守れば決して危険な生き物ではありません。


著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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