セルロイドサロン
第98回
松尾 和彦
ALWAYS世代のセルロイド



経済白書の最後に書かれていた「もはや戦後ではない」という言葉が流行語となり、一万円札が発行され、東京タワーが立ち、安保騒動で日本中が騒然とし、オリンピックに熱中した昭和三十年代は、ある意味では日本にもっとも力が満ち溢れていた時代です。この時に子ども時代を過ごした昭和二十年代生まれを三十年代の世相を描いたことで知られる「ALWAYS三丁目の夕日」にちなんでALWAYS世代と名付けましょう。この世代こそセルロイドに慣れ親しんだ最後の世代とも言えます。



 人類がかつて経験したことがないほど激しかった戦争が終わったばかりの日本は何もかもが不足していました。

学校も例外ではなく、教員が足りない上に急ごしらえの校舎にベビーブームで生まれた子供達を詰め込んだものですから、地方によっては一クラスが七十人以上にもなりました。もちろん教室内は机と椅子で身動きが取れない有様、廊下にまで広げても足りません。後ろの方の席は薄い板一枚隔てているだけの隣の教室から聞こえてくる声のほうがよく聞こえる始末。これでは授業に身が入りません。

休憩時間がまた地獄でトイレへの長い列。短い間で全員がいけるはずもなく授業中におもらしをする子供が何人もいました。ALWAYS世代にとって学校の想い出は楽しいものだけではないのです。

 この頃の集団登下校での掛け声は決まって「安保粉砕、岸を倒せ」。先生や親が止めるのですが知らん顔。意味も分からずに声をかけていたALWAYS世代が十年後には東大、日大を始めとして全国に吹き荒れた学園闘争の主力となります。



 子供が生まれた時に最初に買う玩具は頭の上でぐるぐると回るメリーゴーラウンドとガラガラ。この頃はもちろんセルロイド製でした。またキューピー人形などもセルロイド製でしたが価格が360円、270円、180円などでした。これは1949年(昭和二十四年)から二十二年も続いた一ドル360円の固定相場制度によるものです。セルロイド玩具は輸出が主体で外貨を稼いでいました。その残りが日本国内で売っていたものですから一ドル、七十五セント、五十セントなどアメリカでの価格が反映されたのです。

 他にもセルロイド製の玩具があふれていたのですが、アメリカからの圧力によって伊勢丹から姿を消したのを皮切りにデパートから消えていきました。

残っているのは駄菓子屋で、その頃に子供達が買うおやつは決まってグリコ。目的はお菓子よりもおまけです。おまけもセルロイド製が主力でした。また駄菓子屋ではくじ付きのお菓子を買うのですが、お目当ての一等二等はなかなか当たりません。それもそのはずで最初から当たらないようにそのくじは外していたのです。大人の世界の仕組みなど知るはずが無かったALWAYS世代は、こうして毎日通うこととなりました。



 子供が楽しみとする学校行事は体育祭と遠足です。この時には不味い給食ではなくて自分の好きなものが食べられました。その時の箸箱と水筒はセルロイド製でした。派手なパール生地の水筒は、今見ると少し恥ずかしい思いもしますが当時は誰もが当たり前のように持っていたものです。



 ALWAYS世代が入学した頃の学用品は筆箱、下敷き、定規、鉛筆キャップなどは何れもセルロイド製でした。また名札もセルロイド製です。このセルロイド製品が壊れると金属製の鉛筆キャップに詰めて火の中に入れるとロケットのように飛んでいきます。その頃にはどこにでもあった空き地で遊ぶのですが、枯草の中などに落ちて火事になるということがよくありました。



  家に帰るとこれもまたセルロイド製品が至る所に見られました。映画のALWAYSで堀北真希さんがお風呂屋さんに行くシーンがありました。その時に持っていた洗面器はセルロイドハウス横浜館が貸し出したセルロイド製です。石鹸箱ももちろんセルロイド製。サロンの93で書きましたように最近復活劇があったのは嬉しいニュースです。その頃はまだ自宅に風呂が無い家が多かったためにセルロイド製品を持ってお風呂屋さんに行っていたのです。



 これも映画の中ですがインチキな万年筆を売るシーンがあります。ALWAYS世代が高校や大学に進学した時の御祝いは決まって万年筆でした。その頃の万年筆はエボナイトかセルロイド。万年筆一本で大人になったような気分になったのですから幸せな時代でした。



 テレビが高嶺の花だった時代の娯楽と言えば映画とラジオ。映画フイルムはセルロイドの可燃性が問題になって消えていった時代になります。またガーガーピーピーとばっかりいっていたラジオのつまみなどにもセルロイドが使われていた時代でもありました。



 このようにセルロイド製品に一喜一憂したALWAYS世代も今では五十代六十代。定年退職を迎え孫がいるような年になりました。この世代は誰よりもセルロイドに対する思い出が多いことでしょうから、ぜひ一度横浜に足を運んでいただきたいものです。




著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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