セルロイドサロン
第40回
浅見 潤
クスリの容器とセルロイド
第一話 クスリの容器あれこれ
薬の容器は、薬品の種類やその用途(貯蔵・運搬など、薬をその容器に入れる目的)、あるいは時代によって、材質や形状もさまざまです。本稿では、まず、時代の古いほうから順に容器の変遷を俯瞰(ふかん)してみようと思います。

世界で最も古い薬の容器はいったいどのようなものだったでしょうか。この問題を考える前に、まずは原初的な“薬”の形態について把握しておく必要があるでしょう。

病気や傷を治すことは、住むこと、食物を得ることとともに、人類始まって以来の重要な課題でした。それは、草を噛み傷口をなめるという、動物の本能的行動を真似することから始まり、長い長い世代にわたって経験を蓄積するうちに、次第に知的な医療行為、薬物の使用へと進化していったものと思われます。
 そのような経緯を考えると、呪術的な要素を除けば、やはり人類最初の“薬”は薬草の類(たぐい)と考えてよいでしょう。
身近な薬草をとってそのまま口に入れたり、傷口に擦(なす)りつけたりする直接的な行為から、石皿(注@)ですりつぶしたり、あるいは数種類の薬草を乾燥させた後、粉にして混ぜ合わせたり、煮詰めて濃い液体にしたりと、次第に薬作りの工程が複雑化し、入れ物も携帯や貯蔵に適した形になっていったものと思われます。

1 木の葉・植物の繊維・皮袋・木製容器など
したがって、最も古く、かつ実用的な薬の容器としては、朴(ほお)などのような大きな葉を重ねて包んだものや、草や細い蔓(つる)で編んだもの、動物の皮で作った袋、あるいは木をくりぬいて作った容器などが考えられます。原始・古代の人々は、呪文や神々の名を祈りこめたこれらの器物に薬を納め、その効果をさらに高めたことでしょう。


2 土器
人類最古にして最大の発明は「火の発見と利用」といわれますが、それに続く土器の発明により、薬の容器もバラエティーに富んだものとなりました。

図版1の資料は縄文時代後期(今から4000〜3000年前)に製作された注口土器で、貴重な液体、おそらくは酒か煎(せん)じ薬を入れていたと考えられています。

ちなみに、日本最古の土器は縄文時代草創期(B.C.10500〜B.C.7000)に作られたもので、これが世界最古の土器と考えられていました。ところが最近の発掘調査によれば、中国揚子江(長江)流域で、B.C.20000〜B.C.17000年頃、すでに土器の製作が行なわれていたことがわかっています(図版2)。どうやら、世界最古の土器が作られた年代は、まだまだ遡(さかのぼ)る可能性があるようです。


3 ガラス
土器に続く容器としてはガラスがあげられます。
黒曜石などの天然ガラスは、石器時代から刃物として使われていましたが、容器として使われるようになったのは紀元前16世紀頃、エジプトやメソポタミアでのことです。

 いつ頃からガラスが薬の入れ物として使われるようになったかは不明ですが、日本ではずっと後になってからのことで、天文19年(1550)、長崎の平戸に初めてオランダ船が来航して以来、ビードロあるいはギヤマンと呼ばれるガラス容器が盛んに輸入されるようになりました。
なお、「ビードロ(vidro)」はポルトガル語で「ガラス玉」を意味し、「ギヤマン」はオランダ語のdiamant(ディヤマント)で「ダイヤモンド」のことだそうです。


4 青銅器
銅に10%ほどの錫(スズ)をまぜて青銅を作り出す技術は、紀元前3000年頃にメソポタミア地方で発明されたといいます。硬くてしかも熱すると溶けやすいので、鋳型に流し込んで自由な形に造りだせるという利点がありましたが、原料の銅や錫が手に入りにくいため、薬の壺として使われた青銅器は比較的数が少ないようです。


5 紙
紙は中国の前漢時代(B.C.206〜A.D.8)に発明されたといわれていますが、製造技術が向上して紙が一般的になった頃には、粉薬や丸薬など比較的乾燥した薬品を包む容器として用いられました。時代はぐっと下りますが、江戸期に入ると桐油(とうゆ)や荏油(えのあぶら)を和紙に塗った油紙が普及し、紙は薬の入れ物として大いに利用されるようになりました。近・現代に入ってからは、図版4のように、パラフィン紙(後述)などの薬包紙に包み、変形の五角形に折り畳んだものが多用されました。


6 石製品
石を加工して容器を造るのには高度な技術と時間を要するため、薬の容器としては、貴族や寺院など、ごく一部でしか用いられなかったようです。わが国における石製薬容器としては、正倉院に伝わる蛇紋岩製の亀型合子(注B)が知られています(これについては、稿を改めてご紹介する予定です)。


7 貝殻
二枚貝、特にハマグリの殻は、平安時代頃から口紅の容器や貝合わせ(正しくは貝覆い)などのほか、練薬(ねりぐすり)の容器としても使われていました。三光丸クスリ資料館にも、「朝森御目洗薬 龍眼膏 一貝・・・」と書かれた
差袋(注A)があります。


8 近・現代の薬容器
18世紀後半に起こった産業革命以来、急激な化学・工業の発展にともない、さまざまな材質から、多種多様の容器が作り出されてきました。その種類は実に多く、本稿でその全てを挙げることはできません。
 それらのうち、思いつくままを挙げてみると、
容器の形態としては、旧来の紙や陶磁器、ガラス容器などに加え、缶、チューブ、カプセル、あるいは各種のフィルム(包材)などが挙げられるでしょう。材質としては、銅版に錫メッキをほどこしたブリキ、アルミニウム、チタン、ニッケル、モリブデン、ゼラチン、グリセリン、パラフィン紙など・・・。
もちろん、セルロイドにはじまる各種のプラスティックスも、生活必需品のみならず、薬の容器としても欠かせぬものであり、さまざまな形態のものが登場しています。

以上、駆け足で概要をお話しいたしました。
次回以降は、容器の形態と材質について、実例を挙げながら詳述してみようと思います。


【注】
@石皿(いしざら) 旧石器時代から縄文時代にかけて使われた石器のひとつ。比較的大きく平たい石で、よく使い込まれたものは中央部が窪んでいます。木の実やベンガラ、朱(しゅ)などの顔料をすりつぶすために使用したと考えられており、発掘調査では、通常、「すり石」と呼ばれる棒状またはこぶし大の丸い石とセットで出土します。
A差袋(さしぶくろ) 薬を配置する上で、昔は木や厚紙の箱ではなく、「大袋(おおぶくろ)と呼ばれる大形の紙袋に薬を入れ、得意先の柱や鴨居などにぶら下げておきました。その際、いろいろな薬を一緒に入れると整理が大変なので、通常は、種類ごとに「差袋」と呼ばれる小形の袋に入れたものでした。
B合子(ごうし、ごうす)
「盒子」とも書きます。身と蓋(ふた)を合わせる意で、蓋のある器を総称してこう呼びます。陶磁器製や木製漆塗りのものが多く、石製品はそれほど多くないようです。古代中国では、紫石英(しせきえい)や朱砂(しゅしゃ=硫化水銀)などの仙薬を入れたり、香を入れて焚いたりするのに使われました。
注口土器 土器 オランダ徳利
【図版1】
注口(ちゅうこう)土器
(群馬県赤城村三原田遺跡)
高さ:16.5cm
【図版2】
尖底土器
中国玉蟾岩(ぎょくせんがん)遺跡で出土した土器の復元モデル。器形はいわゆる尖底土器であり、地面に穴を開け、差し込んだ状態で使ったらしい。
【図版3】
オランダ徳利(江戸時代)
酒や薬を貯蔵、運搬するためオランダから渡来したもの。
(内藤記念 くすり博物館所蔵)
薬包紙 薬のハードカプセル 石皿とすり石
【図版4】
薬包紙
(3つ重ねたもの)
【図版5】
薬のハードカプセル
材質としては、一般的にゼラチンが使われてきましたが、BSE問題が起きてからは、プルランと呼ばれるトウモロコシのでんぷんから抽出したものも使われているそうです。
【図版6】
石皿(下)とすり石
写真:仙台市教委
※ 筆者よりご挨拶
奈良県の南寄りに位置する御所(ごせ)市というところに、「株式会社三光丸(さんこうがん)本店」という配置薬を製造する老舗があります。この敷地内には、業界では珍しい薬の資料館があり、私はそこに勤務しています。
セルロイド産業文化研究会から、「薬の容器としてセルロイドを使用している資料がないだろうか」という問い合わせがあったのが、今年(平成17年)の春のことでした。
 その後まもなく、セルロイドハウスの岩井薫生館長をはじめ、研究会の大井様、塚田様に資料館を見ていただき、過去に私どもの会社が製造・販売していた薬のなかで、セルロイド製の容器を使用していた事実が判明しました。これをきっかけに、“セルロイド”とのお付き合いが始まったのです。

昭和30年代を北海道(札幌市)で過ごした私ですが、まさに当時の子供たちは、玩具をはじめとするセルロイド製品に囲まれて育ったといっても過言ではないでしょう。そんな経緯もあり、大人になった今、“セルロイド”という言葉には、どこかセンチメンタルな響きを感じてしまいます。

今回も含め、博物学的視点に立った上で、つとめて冷静かつ真面目に書こうと誓いを立ててはおりますが、なにぶん、学生時代は小説家を志してランボーや太宰に淫し、その後長らく遺跡の発掘調査という、実に怪しくもロマンチックな方面で活躍(?)してきたこともあり、脱線し、横道にそれることも多く、さらには、浅学の徒ゆえの誤りもあろうかと思います。
寛大な諸兄におかれましては、どうかその点をお許しいただきますよう、前もってお願い申し上げる次第です。
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